
青い桜は何を願う
第9章 かなしみの姫と騎士と
「まりあは部活中よ。来られないわ」
「抜けりゃあ良いだろ?!俺様は部長とダチなんだよ、おら、番号言え」
「覚えていないわ」
「……っ、てめぇしらばっくれんのかァ?!殺んぞこら!?」
さくらを狙って、真淵の握った果物ナイフが振りかざされた。
視界の端で銀色の刃が鋭く光った。
声にならない悲鳴を上げて、さくらは咄嗟に目を瞑る。
脳裏に、金髪の少女の面影が過ぎった。
このはがさくらを捜し当ててこんな所に来てくれるはずはないのに、だ。
「待て、このは!早まるな!」
「早まらないでいられません!」
聞き覚えのある声は幻聴かと思えるくらい、美しかった。
直後、さくらの脇を突風が横切って、何かの割れる音がした。一瞬の夢見心地から目が覚めた。
「うわぁぁあああああ!」
真淵の雄叫びが耳に響いて、さくらの身体に自由が戻った。
恐る恐る目を開ける。
「このは先輩っ!……と、銀月先輩?!」
さくらのよく知る二人の上級生達が、部屋の扉の側に見えた。
このはが一仕事終えた様子で息をつき、腕を下ろした。
傍らで、流衣が不機嫌を絵に描いた顔をしていた。不本意この上ないと言わんばかりだ。
「良いじゃないですかぁ。壺の一つや二つくらい、さくらちゃんの綺麗な顔に傷が付くのに比べたら、安いです」
「壺が惜しいんじゃない。何で私が、あの女を助けに来なくちゃいけないかってのが疑問なんだ」
「だって、流衣先輩、もう過去に囚われるのはやめるって言ったでしょ。私と一緒に」
「言った」
「その後、私が行きたいところならどこでも行きたいって、言いましたよね」
「……言った」
「じゃあ問題ありません。過去に囚われず、私達はさくらちゃんを同じ学校の後輩として救出する。私の行きたい所はさくらちゃんのいる場所。ご所望通りです」
このはの屈託ない顔が、確信犯というより悪戯な妖精に見えるさくらは、重症か。否、多分、流衣も同じだ。
もとよりこのはがこの場所を捜し当てるには、おそらく流衣の協力がなければ無理だ。流衣にしてみれば不本意でも、このはの意思であればこそ、運転手の青年の行動範囲からここを割り当てて、案内する羽目になったのだろう。それだけこのはを溺愛しているということか。
その所為か?
さくらは、このはが助けに来てくれても喜べなかった。
