
青い桜は何を願う
第9章 かなしみの姫と騎士と
「このは先輩……」
とりあえず逃げましょう、と、さくらはこのはと流衣に呼びかけた。
その時、このはと流衣の後方の扉が乱暴に開いた。
「真淵さん!」
真淵と同年代と見られる少年達が、なだれ込んできた。
* * * * * * *
さくらは乱入者らの注視の先を、振り返る。
さっきこのはが破壊した壺の破片の散らばる中で、真淵が床に倒れていた。
「真淵さんに因縁つけやがったのはどいつだ?」
丸刈り頭の見るからに体育会系の少年が、ジャージの袖をまくりながら怒声を放った。
「オレらは真淵さんに一生付いていくと決めたんだ!真淵さんはオレら聖花隊E班の光……!それを、よくも……っ」
ハンカチを噛んで涙を浮かべているのは、群れの中で最もおとなしそうな少年だ。開いたパーカから覗いた犬のキャラクターのイラストは、彼なりのユーモアの表れか。
「早ちゃんを傷付けただとぉ?朝から見ねぇこいつを探して正解だったぜ。俺はせいかたい?とやらじゃねぇけどなぁ、ダチのよしみで落とし前つけんぜこら」
真淵に最も似通うタイプの少年は、友人に引き替え筋肉質な体つきだ。サングラスにバンダナ、ティーシャツ、スウェットパンツをとり合わせていて、格闘映画に憧れてでもいる感じの佇まいである。
「内田さん、あのヤロー……」
さくらがこのは達と少年達を交互に見ていると、第一声の体育会系男子に指をさされた。
「あのヤロー、「花の聖女」じゃねぇっスか?」
「よく見りゃそうだ。うっし、聖女だか何だか知らんが、早さんを怪我させたとなりゃあ指つめたんぜ」
「ちょ、待っ──」
さくらは抗議の声を上げた。
心外な誤解をされたものだ。確かにさくらは「花の聖女」、つまりリーシェ・ミゼレッタだが、真淵に怪我をさせた覚えはない。さりとてこのはを名指しして、さくらを救ってくれた恩を仇で返せようはずもない。
さくらは少年達の波を切り抜けようと腹をくくって、床を蹴る。
「先輩がたっ、逃げましょう」
「えっ……」
「話は後ですわ」
つまるところ、さくらは流衣の運転手にも真淵にも、「花の聖女」として狙われたのではないらしかった。
事情は知らない。ただ、さくらは彼らの極めて個人的な、しかも甚だ小さな恨みのとばっちりを受けたのだ。争う必要はどこにもない。この場を離れた方が良い。
