
青い桜は何を願う
第9章 かなしみの姫と騎士と
「さくらちゃ……ん、きっと、一緒に逃げよ?」
さくらの手に、このはの手が重なってきた。
このはに柔らかな力でぎゅっと片手を握られる。
さくらは、このはの指先から微かな震えを感じた。
* * * * * * *
莢が行夜に指定された別荘に至ると、どこからかざわついた気配が吹き込んできた。窓に、おびただしい人影が映っている。
ざっと十人以上はいるようだ。しかも血の気の多い、蛮骨な連中ばかりと見える。軒先の扉に近付いただけで、身の毛もよだつ、いやな情動に迫られた。
行夜の話によると、今日、ここにはさくらだけが連れてこられているはずだ。
莢にしてみればそれは納得しかねたが、行夜が、リーシェとカイルの待ち合わせした海が割り出される危険性を匂わせた。それで渋々、利害の一致した彼の提案に妥協したのに、話が違う。
もしや莢は銀月義満の飼い犬に、言葉巧みに騙されたのか?
「……………」
莢は今来た道を振り返る。
これが罠なら、今頃、さくらは海で最悪の状況に迫られている。
「希宮さん」
白浜に一歩後退した時、後方から、甘いアルトの声がした。ほんの少し掠れた感じの、健康的な色香を連れた声は、どこかで聞いたことがある。
「──……」
莢の後方にいた少女は、飛び抜けて臈たけていた。短く切った焦げ茶の髪に、癖の薄い青文字系スタイル、その風采は、海の清らかさと稀少な石に備わる気高さ、そうした相反するものを伴う少女の存在感を、ひとしお引き立てていた。 性別を感じさせないドールに通じるかんばせに、読み取れない心緒が遊ぶ。
「銀月、さん……えっと」
「君のお姫様、中にいる」
「っ、……」
莢は弾かれるようにして、流衣に詰め寄る。さくらがどこにいるのだとか、何をされているのだとか、問いたいことが一斉に押し寄せてきて、思考の中で言葉がもつれて出てこない。
「君が必要かも知れない」
莢の腕が、流衣にやおら捕まえられた。いなせな見目から想像つかない、やんごとなき美人の指先はたおやかで、存外に心許ない。
伏せた双眸、くっきりした目許を華やがせる睫毛の陰差す黒曜石が、ともすれば姫君とはぐれた騎士をもしのぐ狼狽に、打ちのめされていた。
ああ、こんな顔も見せるんだ、と莢は思った。
