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青い桜は何を願う

第9章 かなしみの姫と騎士と


「何だ?!痛ぇっ」

「どいつだ!何の冗談かましてやがる?!ひ、ひぃぃぃ」

「た、一時退散だ!うわぁあああああ!!」

 さくらは、このはの肩越しに信じられないものを見た。恐怖に顔を歪めて逃げまどう少年達の顔や腕に、小さな無数の切り傷が次から次へと刻まれていく光景だ。
 まるで無数の小さなかまいたちが空気中に放たれたようだ。何人かの少年達が出入り口へ行き急ぐ足音が聞こえる一方で、断末魔の悲鳴が上がった。些細な傷でも重なればそれは深手となる。少年達の流した血は、みるみるフローリングを赤く染め上げていった。両目を覆ってのたうち回る少年の姿もあった。

 何よりさくらが目を疑ったのは、部屋中に舞う花吹雪だ。

「このは先輩……」

 攻撃的なのに優しい花吹雪に酔って、さくらはこのはにすり寄った。

「俺は逃げるぜ!うぃ?!ひ、ひ、お助けをぉぉおおお」

「そうだ、真淵さんは」

「う、ぎゃひ、ぅわぁぁあああああ」

 辺りはさしずめ地獄絵図だ。

 何故、さくらは薄紅色とアイスブルーの幻を、花びらと甄別したのか。ガラスの破片かも知れない。淡く空中に透けた凶器は、ともすれば実体も備えまい。ただ、さくらは花吹雪の花弁が少年の皮膚を浅く切り裂く瞬間だけは見た。

 このはが背中をさすってくれた。

「大丈夫だよぉ。さくらちゃんは、大丈夫」

「このは先輩?」

「さくらちゃんは、何も心配しなくて良いよ。大丈夫。こんな汚いもの見ないで、眠ってれば良い」

「え?あの……」

「悪夢が覚めたら、起こしてあげる」

 耳元に柔らかなこのはの唇が触れた。

 この状況下で夢見心地に引きずり込まれて、さくらはうっとりと目蓋を下ろす。

 また、リーシェの記憶が押し寄せてきた。
 長らく泰平の続いた氷華の抱えていた騎士は、あり余る実力と素質を備えていた。そして歴代に渡ってミゼレッタに支えていたクラウス家には、先祖代々受け継がれていた奥義が幾つかあった。ともすればミゼレッタ家の神通力に匹儔する、それらは人間業を超えた奇跡と謳われ、多くの騎士の家系の間で、密やかなる憧憬の的だった。剣の起こす風を花びらに変える、あるいはそれで、いかなる対象物にも意のままに働きかけられるという秘術、リーシェは実際に見たことはなかったが、カイルはおそらく持ち合わせていたはずだ。

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