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青い桜は何を願う

第9章 かなしみの姫と騎士と


「貴方がそれを言えた立場?」

 少女の声には殺気があった。

「言ったはずだよ。妙な真似をしたら、預かっている物は貴方のご主人様にプレゼントするよって」

「──……」

「私の命はこの身体に宿ってないから……。光が消えちゃ生きていられない。生きる意味がないから」

 うっとりと、しかし残忍に口元を弛めて、少女は胸に手を当てた。

「この手が鮮血に染まっても、良心なんか痛まないって言ったはず」

「そ、それだけは……!」

「貴方の大事なお嬢様と引き替えなら、返してあげても良いかもね」

「お、お、おゆ、るし──」

 行夜が少女の足許に縋らんばかりの形相で、跪く。指先と指先を床につくや、額を床に押しつけた。

 この美しい少女に、行夜はどんな弱みを握られているのだろう。
 さくらは二人の会話がまるでちんぷんかんぷん、完全に蚊帳の外にいた。

「大体さぁ、こんなもの渡されても。女の子の気持ちはお金じゃ買えないよ」

 少女の懐から出てきたのは、桁外れのゼロが並んだ小切手だ。
 形の良い少女の指が、莫大な収入を約束する小切手を破る。小気味良い音に続いて、死に物狂いで土下座している執事の頭に、紙吹雪が降り注いでゆく。

「心配してくれなくても、私は貴方の悪事がぎっしり詰まった品々だけで、三度の飯は食えるから。貴方の希望は聞いてあげる。けど、このまま帰るなんて何だかなぁ」

「か、かくなる上はこの俺を──」

「煮るなり焼くなりって?野郎で遊ぶ趣味はない。冗談だってば。貧乳もパス。貴方はさっさと貴方の大事な大事な巣に帰りな」

 少女が長剣を拾い上げて、軽らかに青年に背を向けた。

 さくらは、つと、すぐ側からとてつもない殺気を感じた。

「……莢ー……」

 聞き馴染んだはずの声、それでいて聞き慣れない低音に、恐る恐る顔を上げる。

「このは先輩っ?」

 さくらの悲鳴も空気に消えた。

 無理もない。このはが、彼女らしからぬ物凄い剣幕で、莢を睨んでいたのである。

「このは先輩、どういう──」

「行こう、さくらちゃん」

 さくらの腕がこのはに引かれる。
 さんざっぱら強引に腰を上げさせられかけたとほぼ同時、さくらのすぐ後ろから、振り向かずにはいられない少女の声が聞こえてきた。暗示にでもかかったように、さくらは少女に振り向いた。

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