
青い桜は何を願う
第9章 かなしみの姫と騎士と
巻き毛の天使といけすかない女たらしを見送ると、このはの肩から力が抜けた。
さくらの温度をなくした腕を、こわごわ抱える。今頃になって、身体のあちこちが鈍い痛みを訴えてきた。
演劇部の本番が近い。顔だけは傷めないよう死守したが、衣服の下はすこぶる見苦しくなっているかも知れない。
さくらに傷一つつけたくなかった。このはは少年達に応戦しながら、ずっとさくらを抱き締めていた。さくらと触れ合っていると、恐怖も痛みも夢の中のものの同然にしか感じなかった。
「っ……」
重心に、力を込める。足首が、麻痺して立てない。
さくらを莢に任せて良かった。不本意にも、莢が現れたのは不幸中の幸いだった。
クラウス家に受け継がれていた長剣、在りし日のデラの記憶が確かなら、あれは戦後、天祈に略奪されたはずだ。何故、莢が手にしていたのか。ともかくカイルの切り札が莢にも備わっていた所以、少年達を抑え込めた。
長剣の刻んだ風の花びら、かの技が無効になるのは、氷華の王族の者達だけだ。
このはがとばっちりを受けなかったのは、さくらを抱き締めて、リーシェの魂に触れていたからだ。
そうだ。このははさくらをただ守っていただけだ。さくらを奪おうとするものを、駆除したわけではない。無力な腕に、ただ、抱き締めていただけだった。
デラも同じだ。このはと同じ、こうして誰にも差し及ばないで、誰にも気付かれないで咲いて果てる、さしずめ日陰の花だった。
「──……」
身体が痛い。
汗の匂いと生臭い血の匂いが、汚れた部屋に充満している。こんなところに身を置いていては、否応なく気も滅入る。
「このは」
扉が勢い良く開かれた。
このはの胸が高鳴った。扉の音の所為ではない。老若男女問わず魅了する、懐かしい声が聞こえたからだ。
「流衣先輩」
声がまともに出なかった。
このはは扉の側の流衣を見つめる。急に救われた心地を得た自分自身に、驚く。
