
青い桜は何を願う
第9章 かなしみの姫と騎士と
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さくらは莢に寄り添って、別荘を後にした。
身を呈して守ってくれた、大好きな上級生を敵地に残して、一体自分は何をやっているのだ。
さくらは自責の念に駆られては、リーシェとして知らねばならない事実のためだと、胸中、言い訳を繰り返していた。
空は、今朝と変わらず雲一つない。
さくらは光を浴びた景色が眩しくて、少し目を細めた。
リーシェがカイルと思い出を重ねていた例の海が、前方に見えた。
柔らかな色をした桜の樹は、春真っ盛りの薄紅色をまとっていた。寄せては返す潮汐波は、泣きたくなるほど穏やかだ。
さくらは海辺に続く岸壁の階段に着くと、莢と、互いに特に意味なく目と目を交わした。二人、細い石畳の階段を、手と手を繋いで、緩慢な足どりで降りてゆく。
桜の匂いと潮風のそれが混じり合う。
莢の甘くて涼しげなミントを彷彿とさせられる芳香が、故郷の匂いと調和して、さくらは夢見心地にいざなわれた。
「何もない……。海と桜ばかりだ」
莢の横顔を、さくらはちらちら盗み見ていた。
「さくらちゃん、何でこんなところにいたの?」
心臓が小さく跳ねた。
さくらは莢から目を逸らせた。
「誰かと待ち合わせしてた?」
「ええ」
「そっか。さくらちゃんみたいな魅力的な女の子を待たせるなんて、そいつ、たち悪いね」
「えっ。そん、な……」
「さくらちゃん」
さくらと莢の距離が縮まる。さくらの思考が懐かしいミントの匂いに眩む。
いにしえの上流社会にもてはやされた麻薬という名の干し草も、その類では最古であろう氷桜も、触れた者にこうして誘惑的な幻を見せたのか。
さくらは今、花の匂いと潮風とに閉ざされた、ドラマティックで秘めやかな場所に、莢と二人きりでいる。まるで恋愛映画のワンシーンだ。
「何、かしら?」
「言いづらいんだけど、貴女の待っているやつ…──多分、来ない」
「……え……」
「ほら、もう一時過ぎてる」
莢が示した腕時計を確認する。
なるほど、時刻は一時を回っていた。カイルとリーシェが約束したのは、正午だ。
さくらの身体を維持するに重要な役割を担う部分が、何か大事な一部が、抉り取られる。空疎の痛みに襲われた。
ここを訪えば何かが変わる。今度こそはと期待していた。期待していた分、喪失感が大きすぎる。
