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青い桜は何を願う

第9章 かなしみの姫と騎士と


 疑問を覚えたのはふとした拍子だ。

「ちょっと待って」

 さくらは莢の腕を掴んだ。

「どうして、待ち合わせしていたのが十二時だって知ってるの?!私の名前、莢ちゃんは最初から知っていたわ。何故──」

 答えを聞くまで諦められない。莢は何か重大なことを知っている。

 さくらは予感して、同時に、脳裏をある可能性がふっと掠めた。それこそ夢物語のような、まるで突拍子もない可能性が、さくらの思考に差し込んだのだ。

 まさか。まさか。

 記憶の中のカイルの影に莢の容姿を重ねようとしてみても、重ならない。
 高価なビスクドールを想わせる少女らしい甘い瞳も、紅茶にミルクを注いだような亜麻色の髪も、莢はカイルとは別人だ。
 ただし、それならこのはもカイルと結びつけてはおかしかった。

「それは……」

 莢の黒曜石の瞳に、困却の色が見え隠れした。
 少女らしい無垢な潤いに、さくらは吸い込まれそうになる。

「ごめん」

 さくらを見つめてくれていた莢の目が、海に奪われた。

「さくらちゃんを知っていたのは、前にこのはといた時、偶然見たから。それから私、貴女が忘れられなくなった。けど、このはに仲介頼むのも格好悪くて……」

「はい?」

「やっと話せた。さくらちゃんに私、お願いがあるんだ。デートの相手、私に変更してくれない?」

 もしや話とは、デートの申し込みだったのか?

 拍子抜けした。そうしながらも、さくらはいやにわばとらしい少女の笑顔に、無条件に頷いていた。

* * * * * * *

「ふぅん。桜って、幹や樹液から色素を採るのね。染め物は花の色だと思っていたわ」

「花だと茶色くなっちゃうからね。さくらちゃんはあの綺麗な顔をした可愛い花が、人の血で生きてるって信じるタイプかな」

「……違ったの?」

 薄紅色の中心部を柔らかな白い花弁が包み込む、牡丹桜が花を咲かせる樹の下で、さくらは莢ととりとめない言葉を交わしていた。

 ひらひらと風に揺れる桜の花は、まるで幼い姫君のドレスだ。
 苦渋を知らない無邪気な魂を持って生まれた姫君は、罪深いほどあどけなく、気まぐれだ。きっと、この世の全てが甘い砂糖菓子から出来ていると、本気で信じている。夢と楽しみしか知らないのだから当然だ。

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