
青い桜は何を願う
第9章 かなしみの姫と騎士と
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このはは、流衣と並んで部屋の隅に背を預けていた。
行夜はいない。流衣が、失神した真淵を始め自力で逃げられなくなった少年達を病院へ連れて行くよう、指令したのだ。
「すまない、行夜が中から鍵かけやがって……窓を割って入ろうかと思って外から見たら、近くに君がいたから」
「良いんです……先輩がいなくて、良かった」
「…──。怪我、した?」
あの状況下で怪我をしない生物がいるとすれば、サイボーグか不死身の化け物くらいだ。
このはは首を横に振る。流衣の目に、惨めなものは晒したくない。
「見せて」
「勝手に脱がさないで下さいっ」
「良いから」
良いはずがない。きっと痣だらけになっている肌を、さくらと、流衣にだけは見られたくない。
「い、痛むので……」
リーシェと契って、デラの身体に青い花の痣が出た。
あの時も、ユリアは罵りもしないで、綺麗だと言ってくれた。
流衣は、そんなユリアの魂(こころ)を持つ。だから衣服の下がどんなに酷いことになっていても、優しい言葉しかくれないと、このはには分かる。却って辛い。
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淡い薄紅一色に見えて、その実、桜の花は一つ一つが微妙に違う。
毒々しいまでに華やかな桜並木の続く先に、四方を薄紅色のグラデーションに囲繞された広場がある。さくらに息づくリーシェの焦がれた、その無名の花見名所を、莢も知っていた。
さくらは莢と、桜並木をいつまでも歩いていたかった。終着点などいらない。
だのに、現金なものだ。
目前に広場が現れるや、さくらの胸は高鳴った。
いにしえの時の中に置き去りにされていた広場は、潮風と、甘い匂いに包まれていた。
リーシェとして訪ねた頃の、全霊が幸福の血潮に顫える高揚が、莢と手を繋いで草原に辿り着いたさくらの身体に、否、魂に蘇る。
この場所でカイルと観桜を楽しんだ。ランチを終えると、カイルの腕には及ばずながら、リーシェも彼の見よう見まねで写生した。カイルが独学で嗜んでいた楽器を奏でてくれることもあった。何の弦楽器だったろう。胸が迫るほど綺麗な音色とメロディだった。
