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青い桜は何を願う

第9章 かなしみの姫と騎士と


「──……」

 カイルの代わりではない。莢の代わりでもなかった。

 ただ惹かれた、衝動的に大好きになった、いつもさくらの求めるものをくれていた、愛おしい人。

「このは、先輩……」

 デラ・イェンヒェル。

 カイルをなくしたリーシェの側にいてくれたのは、天祈の皇族の血を引く娘だ。ミゼレッタ家とは相容れない。それなのに、リーシェになくてはならない人だった。
 デラは、やんごとなき生まれでありながら、まるで根なし草の妖精同様、国籍というものにこだわらかなった。リーシェにつけられていた王女専属の護衛は、二人いた。一方はカイル、そしてもう一方は、デラだった。生涯、氷華に仕えてくれていた。永遠(とわ)の誓いは砕けても、また、さくらを見付け出してくれた。さくらをリーシェと知らないで、やはり何にもこだわらない心魂の持ち主は、あまりに他意なく愛してくれた。

「──……」

 愛して、くれた?

「…………」

 分からない。さくらが莢を求めるのと同様、このはにも、求めずにはおけない人がいる。
 同じ宿世を繰り返さないとも限らない。神話の国では同じ血を分けていた、分かたれた国の民族達は、けだし二度と一つに戻れることはない。

 そしてさくらも、リーシェも、同じ喪失に泣き濡れる?

 それでも会いたい。今、ひとえに莢の名残を握っただけのさくらは、あまりに弱い。このままでは黄金を吸った花びらの中にさらわれていってしまう。

「このは先輩……っ」

 さくらを形成していたものが、総身からこぼれ出てゆく。桜風に吹かれて、今に無と帰す。さくらは自分を織り成す全てを捕まえんと、声にならない声に伴う息を吐き出し、強く強く腕を抱く。

 ふわっ…………と、微かな重みが肩に被さってきた。

 氷桜の甘辛さが濃化した。さくらの胸が、さしずめ不可抗の魔力のもたらす震撼に蚕食されて、常軌を逸した焦燥に、もてあそばれる。

「さくらちゃん」

 耳朶が顫えた。心臓が弾けんばかりにうねった。さくらの後方から聞こえた声の主の存在感に刺戟されて、ぞくっ、と、得も言われぬ法悦が、全霊を駆け巡ってゆく。

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