青い桜は何を願う
第10章 エピローグ
木曜日の午後、ファッションショーは、大盛況の内に終わった。
終幕後、さくらはまりあ達に断って講堂に残ると、客席の隅に腰を下ろした。演劇部の『不思議の国のアリス』も、溜め息、どよめき、上演中まで時たま黄色い歓声が上がるほど、贔屓目を差し引いても傑作だった。
腕も手のひらも痛くなるまで拍手を送った。さくらは緞帳が閉じると、今度こそ舞台に背を向けた。家庭科室に帰り着いたのとほぼ同時、マナーモードにしていた携帯電話が震えた。
『さくらちゃんお疲れ様!造花、落ちてたよー。どうしたら良いかな?』
「…──っ」
さくらは桜の造花がふんだんにあしらってある衣装を見下ろす。
「──……」
さくらの衣装、和服でありながら和服とカテゴライズ出来ようか疑わしい二部式の振り袖とスカートは、袖や帯に、無数の桜の造花が縫いつけてある。ほの暗い行動では気付かなかった。確かにいくつか落ちている。
「あらー……さくさく、あんなに頑丈に縫いつけていたのに、稽古のしすぎね」
「不覚だわ。お恥ずかしい。……」
「じゃ、ささっと、返信しちゃえっ。あたしが思うに、弦祇先輩は、今すぐさくさくに会いたいんだと思うわ」
「まりあっ……そんなはずないわ、片付けだってあるのにっ」
「固いこと言わない。忙しいなら、造花くらいでメールなんて下さらないわよ」
「…………」
さくらは携帯の画面を見つめる。
また、メールが届いた。
『続けてごめん。もし良かったら中庭来られる?もも先輩が、今日のさくらちゃんの写真が欲しいって。私も欲しい♡』
薄紅とサックスの描き出す清々しい世界を縫って、甘辛い匂いたゆたう中庭に出た。
時折はらりとフリルを舞わせる桜の木陰に、とっておきのドールをめかしこませた風采の淡い色素をまとった少女と、 さくらの愛読しているファッション誌にまみえるような、刹那のポートレートもひときわ華やがしめる貴公子にも似通う風貌の少女の姿があった。
「お疲れ様ですわ、先輩がた」
「さくらちゃんっ、わぁぁ……可愛ーいっ」
「お疲れ。はい」
さくらは流衣から薄紅色の花を受け取る。
ディスカウントショップで調達した故郷の花は、頭上を彩る生花に比べて二回りほど大きくて、無論、匂いもない。それでも大事な紛い物を、さくらは片手に包み込む。