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青い桜は何を願う

第3章 青い花の記憶


* * * * * * *

 このはは、昼休みの始まりを告げるチャイムと同時に荷物をまとめて、演劇部の使用している教室を、慌ただしく飛び出した。

 目指すは、屋上だ。

 長い廊下を急ぎ足で渡る最中、改めて、一日前の自分の勇気ある行動に感動していた。

 さくらを昼食に誘って、承諾を得たのだ。

 部活は違うし、学年も違う。何より初対面だったから、このはの不躾な誘いは、さくらに断られても仕方がなかった。

 にも関わらず、さくらは頷いてくれたのだ。

 このはは、さくらと過ごせる昼休みが楽しみで、昨夜は洋服を選んだり、落ち着かない息を整えたりしている内に、丑三つ時を迎えてしまった。今朝は、数少ない得意料理の内一つ、卵焼きを焼いてみた。寝癖のつきやすい前髪も、丹念にブローした。芝居の稽古で若干乱れたのが口惜しい。

 待ち合わせというものが、こんなに胸ときめくものだったとは。

 このはは、屋上に続く狭い階段が見えるまで、浮かれきっていた。

 節電中の暗くて狭い階段を上っていると、春先の軽らかなワンピースのポケットの中で、携帯電話が振動した。

 希宮莢。

 このはが携帯電話を開くと、メール画面の差出人の欄に、二日前登録したばかりの名前が出ていた。

 顔だけは良い、一人の少女の面影が、脳裏に蘇る。

 遡ること二日前、このはは、セクシャルマイノリティの女子限定の合コンに参加した。
 恋人は募集していない。期末試験が終わって初めての日曜日、部活も休みだったから、気晴らししたかっただけだ。
 休みの日まで連れたって出掛けるだけの親しい友人はいない。そもそも、他人同士だからこそ晒け出せる本音ある。オフ会で、大いに羽目を外すつもりでいた。

 だのにこのはは、そこで知り合った希宮莢という名の典型的な女たらしに、ことごとく気分を害させられた。

 カラオケルームの化粧室に呼び出されて、いきなり抱き締められたかと思うが早いか今度はキスを迫られて、このははキレた。
 このはは、それで莢を思いきり突き飛ばしてやったのに、あの懲りない女たらしは、砂を吐くほどのキザな科白を、つらつらつらつら並べ立ててきた。今時お伽噺にもありえない、王子様を気取られたのだ。このはでなくてもドン引きする。

 思い出すと、また、腹が立ってきた。

 このはは傍らの古びた壁を、力任せに殴りつける。

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