
青い桜は何を願う
第3章 青い花の記憶
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このはは、昼休みの始まりを告げるチャイムと同時に荷物をまとめて、演劇部の使用している教室を、慌ただしく飛び出した。
目指すは、屋上だ。
長い廊下を急ぎ足で渡る最中、改めて、一日前の自分の勇気ある行動に感動していた。
さくらを昼食に誘って、承諾を得たのだ。
部活は違うし、学年も違う。何より初対面だったから、このはの不躾な誘いは、さくらに断られても仕方がなかった。
にも関わらず、さくらは頷いてくれたのだ。
このはは、さくらと過ごせる昼休みが楽しみで、昨夜は洋服を選んだり、落ち着かない息を整えたりしている内に、丑三つ時を迎えてしまった。今朝は、数少ない得意料理の内一つ、卵焼きを焼いてみた。寝癖のつきやすい前髪も、丹念にブローした。芝居の稽古で若干乱れたのが口惜しい。
待ち合わせというものが、こんなに胸ときめくものだったとは。
このはは、屋上に続く狭い階段が見えるまで、浮かれきっていた。
節電中の暗くて狭い階段を上っていると、春先の軽らかなワンピースのポケットの中で、携帯電話が振動した。
希宮莢。
このはが携帯電話を開くと、メール画面の差出人の欄に、二日前登録したばかりの名前が出ていた。
顔だけは良い、一人の少女の面影が、脳裏に蘇る。
遡ること二日前、このはは、セクシャルマイノリティの女子限定の合コンに参加した。
恋人は募集していない。期末試験が終わって初めての日曜日、部活も休みだったから、気晴らししたかっただけだ。
休みの日まで連れたって出掛けるだけの親しい友人はいない。そもそも、他人同士だからこそ晒け出せる本音ある。オフ会で、大いに羽目を外すつもりでいた。
だのにこのはは、そこで知り合った希宮莢という名の典型的な女たらしに、ことごとく気分を害させられた。
カラオケルームの化粧室に呼び出されて、いきなり抱き締められたかと思うが早いか今度はキスを迫られて、このははキレた。
このはは、それで莢を思いきり突き飛ばしてやったのに、あの懲りない女たらしは、砂を吐くほどのキザな科白を、つらつらつらつら並べ立ててきた。今時お伽噺にもありえない、王子様を気取られたのだ。このはでなくてもドン引きする。
思い出すと、また、腹が立ってきた。
このはは傍らの古びた壁を、力任せに殴りつける。
