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青い桜は何を願う

第3章 青い花の記憶


「いたっ」

 あまりの衝撃に吃驚して、自分で自分の拳を庇う。

「…………」

 違う。

 このはは、痛みの余韻に悲鳴を上げる拳に顔をしかめながら、頭を横に振る。

 違うのだ。

 莢が気に入らないのではない。
 このはは、自分自身が気に入らなかった。

 物心ついた頃から目を逸らせてきた現実がある。

 莢に逢って、このはは見たくもなかった真実を、真っ正面から突きつけられたのだ。

 分かっていた。そんなことは分かっていた。

「だから……莢。やっぱり私は、貴女が憎いよ。貴方のこと、私はどう生まれ変わっても理解出来ない運命なんだね。…──カイル」

 コンクリートの古びた壁に頬をあてると、ひんやりとしていて硬かった。

「やめな、このは。君とあいつらとは関係ない。君が危険に遭う必要はない」

 少年の声より甘ったるい、少女のそれより低く、凛としたアルトにはっとした。

 このはは後方を振り返る。

「流衣先輩……」

 このはが昇ってきた数段を見下ろすと、踊り場に、同じ演劇部の上級生の姿があった。

 くっきりした目許にどこもかしこも端正のとれた顔かたち、栗色がかった黒いショーとへアに青文字系の少年スタイルが、流衣の、いっそ性を感じさせない風貌にしっくりしている。この神風をまとった如く神秘的な雰囲気に、おそらく人は惹かれるのだろう。すらりとした長身に、どことなくキザな立ち振舞い、芝居においては娘役より男役の方が断然定評があるのは、それらの要素があるからか。

「あ……あの、……」

 このはは携帯電話を握り締めて、毅然と流衣を見つめ返す。

「お友達が待ってるんです。もう行って良いですか?」

「私の、プリンセス」

 愛おしげに呼ばれた途端、とうとう胸の奥が凍った。

 このはは流衣に背を向けて、莢から届いたメールを開く。

"部活お疲れ、このは。今日の夕方デートしない?"

 莢らしい、用件だけの短いメールだ。

 このはは階段を昇ながら、返信画面に切り替えた。

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