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青い桜は何を願う

第3章 青い花の記憶


* * * * * * *

 さくらは屋上へ急いでいた。

 まもなく最上階という地点、今まさに狭い階段が見える手前で、さくらは思わず足を止めた。

「流衣先輩に私の何が分かるって言うんですか!……これ以上先輩にそういう態度をとられるなら、私、首をくくります!」

 聞き知ったソプラノの声が聞こえてきて、さくらの思考が停止した。

 少女が一人、前方から走ってきた。そしてさくらの脇をすり抜けて、逆行に姿を消した。

 俯き加減で顔はよく見えなかったが、今のは銀月流衣ではないか?

 さくらは、今しがたの少女に振り返る。

 昨日は真淵と、そして、今日は流衣と喧嘩か?

 このはの悲痛な絶叫が気になる。それにさくらは、すれ違いざま、流衣からとてつもない憎悪を浴びせられたのではなかったか。睨まれた気さえする。

「…………」

 さくらは、前方の曲がり角に向かって駆け出す。

 薄暗い階段を見上げると、このはがへたり込んでいた。

「さくらちゃん!」

 このはの姿を目にした瞬間、どきりとした。柔らかな身体を包んでいたはずの、真っ白な花柄のワンピースが、通常ではありえない乱れ方をしていたのだ。

「あっ……えっと……」

 ワンピースの襟ぐりに施してあるシャーリングがずり落ちて、このはの肩から胸元が、露出していた。パステルブルーのスリットだけが、かろうじてしどけないところを隠していた。

 頼りなげな肩から伸びた腕が、小さく震えているようにも見える。

 これでは、暴行にでも遭ったような有様だ。

 このはのワンピースの裾から覗いた足首に、打撲痕が滲んでいた。じわりと血が浮かんでいる分、余計に痛々しい。

 さくらは、このはの衣服を乱した張本人でもないのに、罪悪感に責められる。

 そうして半裸のこのはを直視出来なかったものだから、見落としていた。さくらは、このはが左側の胸を押さえて、不自然に何かを隠していた怯えた瞳の奥に、気が付かないでいた。

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