
青い桜は何を願う
第3章 青い花の記憶
* * * * * * *
さくらとこのはが屋上に出たのは、十二時半を過ぎた頃だ。
狭い階段を上りきって扉を開くと、心地良い風がふわりと吹きつけてきた。
青い空は手を伸ばせば触れられそうで、雲一つない。
さくらはフェンスに駆け寄った。
甘酸っぱい春の匂いがそこはかとなく漂う屋上から街を見下ろせば、ぽかぽかした太陽の光が立ちこめていた。絶景だ。
街は、さしずめ小さな玩具箱だ。見馴れた街の風景も、少し違う角度から眺めるだけで、まるで違った世界に見える。
校舎の突起が真昼の日射しを遮断して、ほど良い日陰が出来ていた。
三年間通った西麹だが、この屋上に来たのは初めてだ。
「生き返るー……」
振り向くと、このはが大きく伸びをしていた。
「このは先輩も、ここには初めておいでになったんですの?」
「ううん、今日は久々なだけ。さすがに授業のある時は、人間がいっぱいいて落ち着けなくて、来られないけど」
「すごく混み合うそうですものね、ここ」
「そ。風は気持ち良いし空も近くて好きなんだけどねー。こういう長期休暇の部活の休み時間とかでもないと、貸し切り状態は夢のまた夢」
「仕方ありませんわ。眺めも良くて、緑や花の匂いに癒される。こういう場所は、きっと人気のラーメン店と同じなんじゃありません?」
「ラーメン店!さくらちゃんその喩えナイスっ」
学校の敷地内を指して「ラーメン店」とは奇抜な比喩だっただろうか。
案の定、このはは大いに笑ってくれた。
何故だ。さくらはこのはの笑顔に安らぐ。
結局、さくらは何も出来なかった。
このはの足首にあった打撲痕は、さっきまでその首を装飾していた、レースのストールに隠してあった。
「このは先輩。怪我、保健室で診ていただいた方が良いのでは?」
心配なのは怪我ではない。
が、さくらには踏み込んだところを追求出来ない。
このはの人間離れした淡く儚げな佇まいは、青空を背にしていると、まるで妖精そのものだ。
さくらは、この大好きな人が春風にさらわれてしまうのではないかと、少し不安になった。
