
青い桜は何を願う
第3章 青い花の記憶
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さくらと過ごした昼休みは、束の間に終わっていった。
楽しい時間というものは、何故、かくも駆け足で過ぎ去ってしまうものなのか。
さくらと他愛のない話をした。趣味や夢や好きなもの、当たり障りのないことから互いを知って、歩み寄るのに必死だった。少なくともこのはは夢中だった。
流衣と顔を会わせづらい。
このはは、いっそ午後はふけてしまいたかった。
だが、さくらに心配をかけたくない。渋々教室に戻った。
演劇部は、一度通し稽古を行った後、例の如く数組に分かれることになった。
このはは流衣と連れたって、家庭科室のすぐ近く、いつもの階段の踊り場に出た。
二人、どういうわけか、今回の舞台での共演シーンが甚だしい。
配役は投票で決まるから、誰にも文句はつけられないが、こう毎日毎日流衣との個人稽古が続くと、我慢の限界が見えてくる。
もっとも、ぼやいてばかりもしていられない。
このはは鬱憤を振り払いたい所以からも、帽子屋の役に、我も忘れて専念していた。
『チェシャ猫……アリスはどこなの。探しても探しても、私達、あの子とはもう会えないの?』
『ここは不思議の起きる世界。彼女にとっては、幼い頃に見た夢になったのかも知れないね』
『私達は同じ淋しさを抱えた同胞。貴方はあの子を、妹のように愛していたわね。そして私も。私達、あの幸せな時間の中にとり残されてしまったんだわ』
『アリスは来る、僕らをきっと覚えて──…っ、まさか帽子屋、君は……』
『チェシャ猫。貴方がそう言うなら、それまでは、責任持って、私のことを慰めて』
『酔っているじゃないかっ。その飲み物は、昔、赤の女王のために公爵夫人がブレンドしたブラックカラントティーフレーバーのカクテルだ』
このはは、そこで流衣のチェシャ猫に突き飛ばされて、不思議の国の夢から覚めた。
このオリジナル性が重んじられた『不思議の国のアリス』は、原作とはかけ離れた内容だ。時間軸も、お茶会やら裁判やら、有名なあの事象が起きてから、数年後に設定されている。
このは演じる帽子屋は、アリスとの再会を待ち焦がれている少女の役どころだ。
そして今やっていたのは、淋しさに追いたてられて自棄酒を仰り、酔った勢いでチェシャ猫に言い寄る場面である。次の場面でアリスが登場して、土壇場に続く。
