
青い桜は何を願う
第3章 青い花の記憶
このはは尻餅をついた姿勢を決めて、そこいらの女子達の目をいとも容易くハートにさせる上級生を、見上げていた。
冷めきった胸の奥底が、不思議と昂揚していた。
このはの胸懐に潜む暗いものを吹き飛ばしてくれるものは、いつだって、皮肉にも流衣とのかけ合いだ。
作り物の世界の中で、自分であって自分ではない他の少女(もの)を演じている間だけは、厄介な人間の肉体を超えられる。このはの心と魂は、何でもないものになる。
断ち切りたいあらゆるものから解放された瞬間の、エクスタシーがたまらない。
妖精に、なりたい。
幼かった夢は叶わないものだと知ったが、せめて、手を伸ばせる気がした。
「平気?」
このはの隣に、流衣が肩を並べて腰を下ろした。
「昼はごめん、このは」
「別に……先輩に否はありません」
放っておいてくれればそれ以上は求めない、と、このはは心の中で悪態をつく。
「君の気持ちは優先したい。けど、このはのしていることには賛成しない、……出来ない」
「…………」
このはの身体が、唐突にバランスを失った。
「ちょっ、と、先輩!」
「このは」
芝居の中では決して聞けない。流衣らしからぬ頼りなげな声が、小さく震えていた。
こんなに優しく抱き締めて、こんなに切なく呼んでくるとは、反則だ。
「もう良いです」
このはは流衣の腕を払って、そっぽを向く。
「つれない妖精さんだ」
「そういうこと、何人の女の子に仰ってきたんですか?」
このはは流衣の肩に寄りかかる。
離れたり、くっついたり、このはは流衣と二人きりになると、たまにとても気まぐれになる。
流衣を疎んじているわけではない。彼女が、あの真渕達を影で操る一条次成の更に上に立つ銀月義満の娘だから、警戒しているわけでもない。
このはは流衣に理解されすぎている。このは以上にこのはを知っている流衣に気を許しては、何もかも壊れてしまう気がして怖いのだ。
ただ一人の少女に、身も心も魂も、遠い昔に約束したはずだ。
約束したはず、なのに。
「このはに恨まれても、仕方ないか」
「何度言わせるんですか。人違いですってば」
流衣に肩を抱かれて、このはの脳裏に、誰も知らない風景がよぎる。
緑溢れるあの丘は、この優しい人に似合う、柔らかな風が可憐な花をそよがせていた。
