
青い桜は何を願う
第3章 青い花の記憶
* * * * * * *
「早」
幼馴染みの声が聞こえた。
真淵早(まぶちはじめ)は、布団から、弾かれたように身を起こした。
重たい瞼を乱暴にこすって、私室の出入り口に首を回す。
透の遠慮がちな顔が、半分開いた扉の隙間から覗いていた。
「桐島……テメー、何で」
「鍵、くれてたじゃない。それって、いつでも入って良いって意味だと思って」
ふんっ、と、早は鼻を鳴らして、布団の中にもぐり込む。
紺色のカーテンの隙間から、黄昏時ならではの独特の光が射し込んで、見慣れた私室を仄かに照らし出していた。
「何か用か」
早のすぐ後方に、すとん、と、軽らかな衣擦れの音がした。
かけ布団から顔を出すと、同じ人間とは信じ難い、絵画から抜け出てきたように白い少年が、ちょこんと腰を下ろしていた。
「勝手に入ってごめん。早が昨日、早退したって聞いて、今日も姿を見なかったから。って、部屋、相変わらずだね。この前掃除手伝ってあげたばかりなのに」
「五月蝿い。借りは返したろォがこら」
「あの、掃除の後にご馳走になった、レンジでチン?美味しかったよ」
「うっせぇ。嫌味をほざきに来たなら帰れ」
「嘘うそ。ね、早。生徒会の集まり、今日休んだでしょ。具合、そんなに悪いの?……保健室の先生が、昨日早が頭打ったって……早、平気?」
趣味の裁縫や料理でもして、へらへら笑っていれば良いものを。
透は誰からも愛されている。人並みの将来が期待出来るのに、何故、いつまでもこんな問題児に構うのだ。
早は透が好きな裏腹、こんな時、理解出来なくなる。
