
青い桜は何を願う
第3章 青い花の記憶
剣(つるぎ)の白刃があの気高く強かった騎士の身体を貫いて、鮮やかな赤が飛び散った。
リーシェのすぐ目の前で、カイルの身体がくずおれた。
『カイルっ!』
『泣かないで──…愛おしいリーシェ様。もし、まだ貴女のお気持ちに変わりがないなら……』
『……──っ』
『いつかの来世、貴女と俺が……一六になる年の春……』
『いや、カイル……ダメ……』
『平凡な人間、同士、あの海辺に咲く樹の下で……リーシェ様のお誕生日をお祝いします……』
リーシェの涙に濡れた頬に、カイルの手が伸びてきた。
ずっと触れてみたかった。だがとうとう触れられなかったその唇が、しどけないほど妖しく甘く、夢物語みたいな希望を語った。
来世など信じられるわけがない。たとえ生まれ変わったとしても、ある伝承が試されない以上は、記憶を持って生まれ変わるなど無理な話だ。また、それは、天地がひっくり返るほど、一筋の可能性もない。
リーシェが泣き喚くのをものともしないで、カイルの調子は真剣だった。
カイルの血色がひいてゆく頬に流れる黒髪の先が、鮮血の艶を吸い込んでいた。
リーシェは、汗の量とは相反して温度をなくしてゆく身体を抱き締めて、あまりに誘惑的な血液に、キスで触れた。
鉄錆の匂いを放つ液体は、悲しいほど愛おしくて、怖いほど、甘かった。
愛したい。もっともっと愛したかった。
カイルより大事なものなどなかったのに、何故、素直になれなかったのだ。何故、愛は失おうとして初めて、こんなにも、こんなにも、忘れたくなくなるものなのか。
リーシェは、もどかしい日々を埋めんばかりの、取り戻さんばかりの思いで、手を触れ合うのもたゆたっていた恋人の身体を抱き締めて、仄かなミントを胸にすりつけた。
