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青い桜は何を願う

第3章 青い花の記憶


 莢はこのはを見上げながら、朧気な意識を無理矢理起こして、数時間前を振り返る。

 昨日の夕暮れ、このはを近所まで出迎えに行ったところ、聖花隊の連中と一騒動あった。軟弱な青年達はすぐに片づいたが、それからこのはを連れ帰って長話した末、バスも電車もなくなっていた。当然、このはは隣町へ帰れない。

 それで莢は、やむを得ず、このはを部屋に泊めたのだ。

 このはは、こうして薄暗い中で見ていると、やはりリーシェの面影がある。
 目映いばかりの金髪も、仄かに香る甘い匂いも、あのやんごとなき少女を聯想する材料になって仕方がない。

 喧嘩っ早いし口は悪い。
 このはは、その気性こそ、リーシェとは正反対だ。

 事実このはは、リーシェに憧れていた、ただの貴族の娘の生まれ変わりだ。

 莢があの化粧室での一件の後、このは本人から打ち明けられたことだ。

「うなされてたよ」

 このはの口から、その独特の、呟くような囁くような、それでいて芯の通った音色がこぼれた。

「すごい汗。私が目、覚ましちゃったくらいうなされてたんだもんね、莢。普通に寝言ほざくより五月蝿かったよ」

 莢の頬に、このはの指先が触れてきた。

 小さな指をくるんだ皮膚は、さっき夢の中で感じた質感とは違う。

 だのに莢は、また、不思議な気持ちにとり憑かれかける。

「ね、莢、何が怖いの?」

「怖い?」

「怯えた目。貴女、私が知ってるカイルじゃないよ。カイルは不遜で、自信家で、リーシェ様以外は人間じゃないみたいにお高くとまってたんだよ。自分本位で独占欲が強くって、そのくせ野心なんてありませんって顔してすましてた。私の大嫌いだったカイルはね、そんな最低の男だったよ」

「悪いけど、私、本人だから」

「あ、そう。じゃ、言わせてもらう。私だってリーシェ様が好きだったんだもん。でも身分は気にしてたよ。貴女と違って身のほど知らずじゃないからね」

「──……」

「リーシェ様のお姿を見ているだけで、私は世界で一番幸せな女の子なんだって自信が持てたの。同じ空気を吸うだけで、胸がいっぱいになって、すごくすごく、幸せだったの。でも」

「お説教?惚気?」

「リーシェ様を独占してた身勝手なカイルを、私は尊敬してたんだよ。リーシェ様に愛されてたカイルに、少しは妬いてた」

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