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青い桜は何を願う

第3章 青い花の記憶


「やめろって言ってるでしょ?!あっ、ダメ、莢っ……無理!変な冗談ばかりして、本っ当に殴るから!」

「そんな身体で殴れるの?」

「うるさい!見損なったよ!莢なんて、身も心も美しいリーシェ様に釣り合わない!」

 リーシェを、否、さくらを裏切るまい。

 唇は奪われてしまったが、あんなもの、キスにカウントしない。

 みぞおちに口づけられて、頬に涙が伝うほど身体が甘く悶えても、ドロワーズを矧がれて内股を開かされても、この魂(こころ)は、一欠片だってさくらのものだ。

「このは」

「あ、っ、ん……莢、やめて!私リーシェ様に背けない!」

「なら、一緒に地獄に堕ちよ?」

 並大抵の少女なら、それで莢の言いなりになるのだろう。

 甘い甘い睦言の罠に、きっと純粋な少女ならたやすく捕まる。

 しかし、莢の愛撫は愛おしげである反面、憎しみさえ伴っていた。

「…──リーシェ様──」

 愛おしい貴い名前を呼んだメゾの声は、あまりに辛そうな響きがあった。

 このはとて、呼びたい名前はただ一人の少女のものだけだ。

 許されるなら身体を重ねたいのは、ただ一人の少女だけだ。

 このはは、そして初めて怖いと感じた。

 ここで莢に変えられてしまう自分が、怖い。

「いや、いやぁああああ!!リーシェ様ぁあああああ!!!」

 このはは、裂帛の悲鳴を上げていた。

 このは自身も驚くほどの絶叫が、朝ぼらけの時を止めたのが先か。それとも、このはが自分の心臓に位置する部分に、莢の視線が注がれているのに気付いたのが先か。

 真っ白いジョーゼットのベビードールの切れ端が、寝台から落ちていた。

「青、い、花……」

 莢の呆然とした呟きが、耳につぅんと響いてきた。

 このはは莢の瞳の奥に、むき出しの殺意を見た。

 こんなものがここにあるはずがない。あってはならない。

 莢の目は、暗に現実を否定したがっていた。

 青い花の痣は、氷華の王家の紋章だ。ミゼレッタの血を継ぐ人間と、彼女らないしは彼らと肉体的な関係を持った人間にのみ、身体に現れるものだ。

 ただの貴族の娘の生まれ変わりに、こんな痣があるはずなかった。

「どういう関係?ミゼレッタ家と」

「…………」

 このははブランケットを拾い上げて、莢をきつく睨み上げた。







第2章 青い花の記憶─完─

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