
青い桜は何を願う
第4章 私達にリングはいらない
「顔色が優れませんね。具合が良ろしくないのでは?」
流衣は、ミルクティーをソーサーごと受け取りながら、苦笑した。
「心配されることじゃない」
「ですが」
「例の幻覚を、また見ただけ」
「ああ、あの、昔からご覧になるという」
「そう、それ。な?一つ覚えみたいだろ」
流衣はカップに軽く息を吹きかけて、心持ち水面の湯気を冷ましてから、行夜特製のミルクティーを口に含んだ。
まろやかで渋い。遠くで清涼感ほのめく独特の香りに伴って、じわじわと、温度が身体中に広がってゆく。
夢。
幻覚。
行夜には当たり障りのない言葉を選んでいるが、おかしなデジャブに迫られるのは、きっと、ここが銀月家の本邸だからだ。
流衣の育った銀月家は、いにしえの帝国、天祈の皇室イェンヒェル家の子孫の血を継いでいる。
その昔、一般的に超古代と区分される時代、この島国は、氷華と天祈という二つの国に分かたれていた。両者は敵対していたが、元は、一つの華天(はなぞら)という共和国だったという。
ただし、それは当時でさえ、神話時代の理想郷として語り継がれていたものだ。華天共和国の実在は、不確かだ。
華天共和国は、一人の聖女が統治していた。富む者も貧しい者も、何人(なにびと)もが幸福に暮らしていた国だったという。その安寧のほどは、あの氷桜を使って国民を強制的に平穏の中に閉じ込めていた、氷華など足許にも及ばなかった。
義満は、イェンヒェル家の末裔として、華天共和国の再建を企んでいる。そしてあの敏腕な国会議員は、ある場所に、既に、国一つ建てられるだけの領地を所有しているらしかった。
「「花の聖女」」
「──……」
「見付かったらどうなるんだ?」
「……何故、それを」
「興味本意」
「お聞きにならない方が、良ろしいかと思います」
「…………」
流衣は、行夜のたった一言の不親切な答えから、十分な情報を汲み取った。
