
青い桜は何を願う
第4章 私達にリングはいらない
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莢はこのはを送り出した後、静まり返った私室にこもって、ただただ時間を持て余していた。
中学校を卒業してから今日まで、ずっとこんな調子だ。
高校の入学準備はさっさと終わった。ここ数日は、適当な相手とデートしているか、聖花隊やら銀月義満やらに関する情報をかき集めるのに時間を費やしている以外、まるでやることがない。
莢の斜め前方で、金色の一筋が、つやりと光った。
「…………」
莢は、シーツに付着していたこのはの髪の一本を、拾い上げる。
まっすぐだ。そして根本は、毛先よりかなり色素が強い。
それに引き替え、リーシェは柔らかな巻き毛をしていた。そして純粋な金髪だった。
莢は、指につまんでいた金糸を捨てた。
全身鏡の前に立って、いつでも完璧な身なりをとりとめなくチェックしていると、後方からノックの音がした。
「時枝です」
「……どうぞ」
入ってきたのは時枝譲治(ときえだじょうじ)、かかりつけの精神科医だ。
「急にすみません。おばあ様がいらっしゃいましたので、お通し願いました」
「そう。座りたければ、勝手に」
「どうも」
脂ぎった黒い肌にふさふさの髪、年のほどは四十代後半のこの男は、ぱりっとしたワイシャツにスラックスというスーツ姿だ。院内では白衣を着用していたが、こうして見ると、そこいらのサラリーマンと変わらない。
譲治が、小さな卓袱台の側に腰を下ろした。
「具合はどうだい?」
「最悪。あんたが来たから」
「ははっ、嫌われているな」
「…………」
譲治から朗らかな笑い声がこぼれて、筋肉質なその腕が、トランクの中身を探り出す。
莢の飽きるほど見てきた薬剤名の記載してある内用薬袋が、卓袱台に出てきた。
「お代は結構。リーシェ・ミゼレッタの居所を吐け」
「逆に私が訊きたいところ」
「ちっ……まだ見付かっていないのか」
「──……」
莢は、チェストの上をちらと見る。
このはの置き忘れていったパスケースは、幸い、定期券の入った方が下を向いていた。
「先生」
譲治の顔つきが、犯罪者から、どこにでもいる精神科医らしく戻っていた。
