
青い桜は何を願う
第5章 黄昏の三つ巴
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「ウチの執事が来ているから、乗っていきなよ。家、◯◯町の二丁目だっけ?」
「遠慮します。……午後から部活に出た私をさんざん笑って下さった流衣先輩の親切なご指摘通り、帰りはキャッシュで帰ります」
「わー。つれない。定期忘れちゃって歩いて来たっていうこのはが可愛らしくて、私は笑いが止まらなかっただけなのに」
夕暮れ、このはは流衣と校舎を出ると、同じく部活を終えたばかりの生徒達の流れに混じって、朱色の空の下を並んで歩いていた。
パスケースの一件は、遡れば今朝に始まる。
莢との今朝方のいざこざで、頭に血が上っていた。
或いはこのはは、自分の趣味とは正反対の洋服を莢に借りて登校しなければならなかったことが悔しくて、忘れ物の確認をしている余裕を持ち合わせていなかったのかも知れない。
どのみちパスケースを持たないで莢の家を飛び出して、現金で切符を買って登校しようという発想も持てなかったのだから、荒れていたのには違いない。
「天然の女の子って可愛いよね。ありがと、このは」
このはの隣で、流衣が綺麗に微笑んだ。もっとも、その声は、震えている。
校門をくぐったところで、二人の目前に、いかにも高級な外車が停車した。
やはり覚えのある青年が、見知ったその運転席から降りてきた。
「お迎えに上がりました、流衣ちゃん」
「ご苦労様、行夜」
「そちらの方は、弦祇様で?」
「服が違うけど、正真正銘。事情があってさ、送らせるって言ったのに、フラれちゃった。行夜、試しに口説いてみて」
「私はこれで失礼します」
このはは軽く一礼して、早々に流衣達の前から引き上げた。
行夜は黙っていれば好色男にしか見えないが、その実態は、流衣にしかかしずかない忠犬だ。このはがだらだら留まっていれば、あれよあれよと言う内に、車内に引きずり込まれかねない。
少し歩いて振り返ると、流衣の、後部座席のドアを開けた行夜と何か話しながら車に乗り込む姿が見えた。
このはは携帯電話を開く。
新着メールが一件あった。最寄り駅までパスケースを届けに来るよう頼んでおいた、莢からだ。
