
青い桜は何を願う
第5章 黄昏の三つ巴
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深い蒼が闇夜をいざなう、昼とも夜ともつかない夕まぐれ、黄金色の西陽のこぼれた遥か彼方に、いびつな真珠の如く朧月が、ほんのり浮かび上がっていた。
さくらの帰路を歩く足どりは軽い。
このはが隠し事しているかも知れないのだとか、リーシェのカイルへの気持ちだとか、問題は山積みだ。
それでもさくらは幸せだった。
虚ろな日々を繰り返しながら、永遠のような孤独をやり過ごしてきた。心から明日が待ち遠しくなれたのは、何百億年振りのことか。
「…──!?」
突然、さくらは激痛に襲われた。左腕だ。
ブラウスの袖をまくり上げて、肘より少し上を確かめる。
真っ黒な桜の痣が、白い皮膚に浮かび出ていた。前世のリーシェの身体にあったのと全く同じ位置にあるそれは、今朝まで青かったはずのものだ。
痣は、まるで毒素が外に出たがってでもいるようだ。どす黒い生き物が皮膚の中でもがいているようにも見える。
氷桜だ。
さくらの中で、この異変がある可能性に結びついた。
過去に氷桜の毒に冒された経験はないが、当然、それに関する知識はある。
ミゼレッタ家の人間は、氷桜の毒が体内に入ると、青い花の痣が蠢く。そして熱や頭痛に襲われるのだ。
持って生まれた抵抗力が、毒を追い出そうとするからだ。
さくらは、みるみる深刻化する熱っぽさに思考が奪われてゆく。関節痛から、身体が麻痺する。
「ぁっ、……はぁ」
アスファルトに膝を着く。
氷桜は、氷華王国の滅亡と共に、手に入れられなくなったはずだ。
いつ体内に入り込んだのか、まるで心当たりがない。
さくらは考えれば考えるほど混乱する頭で、今日一日を振り返る。
その時だ。
モヒカン頭の上級生から差し入れられてきた桜餅が、不意に記憶を掠めていった。
やはり、真淵を信じてはいけなかったのだ。
さくらは悔しくて苦しくて泣きたくなった。
「……そういうことか……」
少し離れた死角から、さくらを監視していた少年が、呟いた。
モヒカン頭の少年は、三人の仲間を従えていた。早だ。
早は、さくらを毒漬けにしたところでこのはを呼びつけて、大切な下級生の身柄の安全を引き合いに出して、彼女を捕らえようと考えていたのだ。
