青い桜は何を願う
第6章 心はいびつにすれ違う
「ごめん、ちょっと」
「あ、はい。どうぞ」
このはが申し訳なさそうに出ていった。
さくらは、一人になって、考える。
ただでさえベッドを借りて、このはに迷惑をかけたのだ。電車がなくなる前に帰ろう。
さくらは寝台を降りて、側にあった自分の鞄を拾い上げた。
部屋の扉を開いた途端、足がすくんだ。
電話機は、部屋を出てすぐのところにあったのだ。
このはが話している様子からして、電話の主は、彼女に用があったらしい。
「──分かってる。五月蝿いなぁ。私は大丈夫だから。貴女の方が放っておけなかったよ」
「…………」
「私が?まさか。ただ、昔とちっとも変わってないでしょ。綺麗で愛おしくて、たまらなくなる。何だってあげちゃう。…──はは、悪戯が過ぎたって思ってくれた方が良いなぁ」
「…………」
さくらは良心に咎められながら、このはの声に耳を傾けていた。
電話相手の声まで聞こえない。だから、このはの電話している相手が誰なのか、分からない。
それで良かった。
扉の隙間から見える、このはの伸び伸びした調子は、その本心を十分に物語っていたからだ。
さくらは、このはのあんな表情、見たことがない。周囲との壁を感じない、あんなに活き活きとしているこのはは初めて見た。
「…………」
さくらは部屋に引き返す。
このはが電話を終えるまで待っていよう。
平気な顔をしてこのはの側を通り過ぎて、玄関へ向かうなんて、無理だ。
さくらは、それならせめて、このはの声が聞こえない距離まで逃げていたかった。
馬鹿だ。
さくらは自嘲する。
勘違いして舞い上がって、自惚れて、傷付いた。
『貴女の方が放っておけなかったよ』
『綺麗で愛おしくて、たまらなくなる。何だってあげちゃう』
さくらの頭で、このはの声がこだました。
ただ、さくらは顔も知らないこのはの電話相手に感謝していた。
大好きなこのはをありのまま受け止めて、彼女の笑顔を守ってくれているのだろう誰かに、感謝していた。
構わない。さくらには、大切な思い出がある。
苦しくても、たった三日で終わった恋でも、この想いは宝物だ。
このはがカイルの生まれ変わりでも、このはの運命の人がさくらでなくても、構わない。
…──貴方には自由になって欲しいもの。