青い桜は何を願う
第6章 心はいびつにすれ違う
「…──っ」
「さくらちゃんには悪いことしちゃった。本当、ごめん」
「何故、このは先輩が謝りますの……」
これでは本当に堕ちてしまう。惨めだ。
一番だと言ってくれなくても良い、このはにならもてあそばれても、本望だと望んでしまう。
「迷惑なら、それでも良いよ。さくらちゃんが笑っていてくれるなら、……私何も望まない」
「このは先輩」
「ただ」
「やめて下さい」
「貴女は、大切な──」
「やめて下さい!」
蛇口を捻った水のように、堰が切れた。
涙を我慢出来なくなる。
このはの最後の一言は、さくらの嗚咽にかき消えた。
しゃくり上げる自分自身の声が痛くて、悲しかった。
止めたくても止まらない、こんなに泣けるなんて知らなかった。
* * * * * * *
結局、さくらはこのはの家から帰らなかった。
終電の時間も過ぎていたし、泣き疲れた身体を夜風にさらしたくもなかった。
話によると、このはの家族は、田舎暮らしの祖母の家に帰っているため不在らしい。どうりで家の中が静かなはずだ。
住宅街も寝静まる夜更け、さくらはこのはと台所に立った。
このはの料理は包丁捌きから調味料の扱い方まで、酷かった。
ほとんどさくらが主導権を握って、何とか料理が仕上がると、日付変更線を過ぎていた。そして二人、夜食を終えると、午前一時を回っていた。
さくらは、それからバスルームを借りると、ときめきとくすぐったさとで壊れてしまいそうになった。
浴室はチェリーブロッサムの香りでいっぱいだ。
ボディソープやシャンプーも、甘い桜の香りがした。このはがいつもまとっている雰囲気そのものだ。
さくらは、儚い懐かしさをくれる桜の香りが大好きだ。氷桜とは似通うようで全く違う、それは優しい香りだからだ。
脱衣室に出て、髪をタオルで拭いながら、鏡越しに自分自身と目が合った。
さくらは、このはの残り香を身体中にまとった自分の姿に頬を染めた。