青い桜は何を願う
第6章 心はいびつにすれ違う
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氷華が天祈に敗戦したのは秋の暮れ、そして降伏の条件として、国家の廃止と王室が一切の権限を放棄することを要求されたのは、それからまもなくのことだった。
地図上からその国名を排除された氷華は、荒んでいった。
城下町は荒れ果てて、奇形の花が咲き乱れた。人々は賑やかなものを遠ざけた。庭師達の愛情の許に管理されていた宮殿の庭は雑草が目につくようになって、散歩する貴族達の姿もほとんど見かけなくなった。
冬が過ぎて春が巡ってきても、暗い土地を覆った空は、灰色を帯びてくすんでいた。
リーシェはある夕暮れ、氷華と天祈の国境へ出かけた。
両国は、公に開かれた交通路と、人間の手がほとんど加わったことのない雑木林とで、行き来が可能だ。雑木林の頂上は、確か、「妖精の丘」と呼ばれていたが、そこに人が訪ねることは、まるきりなかった。
ずっと側にいてくれた、永遠を約束していた人が、側にいない。
リーシェはカイルのいなくなった氷華から逃げるようにして、「妖精の丘」へ登っていった。お付きの人間一人も従えないで、たった一人で、パンプスが獣道に汚れるのにも構わないで、ただただ何かに憑かれたように、草木を分けて山を登った。
『ごめん、──…。私、あのお方を裏切れない。貴女のことは大好きだよ。苦しいこと、たくさんあった。それでも生きていられたのは、──…が、私に──…』
その声は、さしずめ妖精の囁きだった。
リーシェは、まもなく平原に出るところで足を止めた。
そして、絡みついてくるそよ風に揺られる自然界の緑を見回す。
人ならざるものの気配に戦きながら、今しがた、突然聞こえてきた声の出所を探した。
『どうしたの?…──。急に』
『氷華は、天祈に負けた。王家は機能しなくなったわ』
でも、と、妖精の危うさを湛えた声が、ほんのり掠れたアルトの声に囁き返す。
ただし、リーシェの耳は、顔の見えない少女達の睦言にも聞こえる会話を、途切れ途切れにしか拾えなかった。