青い桜は何を願う
第6章 心はいびつにすれ違う
「叔父に時枝譲治っていう臨床心理士がいて、希宮は、そいつに昔、世話になったんだって」
「時枝?」
「昨日このはが帰った後、雑用で叔父の職場に寄ったんだ。そこで見覚えのある名前をカルテで見付けた。叔父に訊いたら、クライアントだって。希宮って、心理学とか胡散臭がるらしくて、叔父も今は睡眠薬与えてるだけだって言ってたけど」
「…………」
「叔父は、父の弟だ」
「それはつまり、時枝は、義満に協力的だということ?」
「叔父は、希宮の正体を知っている。……このは、また昨日、聖花隊のやつらとやり合っただろ。父の耳に入ったら、近づきやすい希宮から徹底的に調べられる」
「私にとばっちりが来ると?」
「やつらにとって、このはが邪魔だと判断されれば」
流衣が心配してくれるのも、無理はない。
本物の「花の聖女」でなきにしろ、このはにも、義満や聖花隊に暴かれてはまずいものがある。
流衣はどこまで知っているのだ。もしかすれば全てを知っているのかも知れない。
心臓が嫌な音を立てていた。
このはの左胸に咲いた青い花に、聖花隊より早く気付いたのは流衣だった。このはが氷華王女のカモフラージュをしていた意図を見透かしたのも、流衣だった。
このはにとって流衣は、同じ部活の上級生として慕っていて仲良くしていても、華天帝国の最高権力者にして政界の王者、善満の娘だ。
警戒すべきだ。
しかし、このはの魂の鍵穴にぴたりと嵌め込める鍵は、いつだってこの懐かしい人の手の中にある。
「流衣先輩は」
──何者か。
顫える唇をたゆたわせている内に、肩がやんわり抱き寄せられた。
緑の風吹くどこかの丘の匂いに包まれた。
──気がした。
「またお節介だって、嫌われた?でも私はこのはが大事」
「……っ、そういうこと……」
簡単に言わないで。
このはが心で叫んでも、流衣には無論、届かない。
「良いよ」
「──……」
「このはの好きなようにしな」
どこかで聞いた台詞だ、と、このはは思った。