青い桜は何を願う
第6章 心はいびつにすれ違う
「──…。はいっ。おはようございますわ」
逡巡の末、さくらはドアに駆け寄った。
このははとっくに身支度を済ませていた。
その装いは昨日のゴシックパンクスタイルとは打って変わって、このはらしい、型破りなほど可憐すぎる、ナチュラルガーリースタイルだ。
白い首筋が、ツインテールの房の淡い陰の中で、まばゆく艶めいていた。
さくらは一瞬、その柔肌がとてつもなく甘い気がしては、ささやかな罪悪感に咎められた。
「私がいなくて寂しかった?」
「さ、みしかった……ですし、どこ行ってしまわれたのかと思いましたわ」
さくらの目は、このはが今の数秒の沈黙を破らなければ、きっとずっとこの妖精の姿に釘づけになっていたろう。
さくらは、熱い頬に両手を当てる。無意味なことと知りながら、そうして自分の熱を冷まそうとしていると、頬から片手を引き離された。
指先に、このはのそれが絡みついてくる。
「もう離れない……離さないよ」
さくらの指の隙間にこのはのそれが割り入ってきて、手と手を重ねて組み繋がれる。
「私を貴女のものにして」
触れるか触れないかほどの距離で、耳元に、このはの吐息がそっと触れた。
さくらはここはに見えない鎖に縛られて、心も身体もなされるがままだ。
微かに顫える指先の違和感、ほんの一瞬、さくらの瞳がこのはの表情(かお)に落ちた翳りを捕らえてさえいなければ、どこの誰より幸せな恋人達の時間の中に、囚われていられただろう。
だが、さくらは気付いてしまった。
大好きな人を想い、焦がれ、こんなにも狂おしくなれるさくらと、このはは違う。このはの魂(こころ)は、いつも、もっと遠い先に、ここではないどこか別の場所にあったのだ。
このはの綺麗な瞳の奥に、哀しい迷いが、いつだって見え隠れしていたではないか。
このはを翻弄しているのも、縛りつけているのも、さくらではなかった。
時折、さくらはこのはの中に、まるで知らない表情(かお)を見る。それは、やはりさくらの知らない少女の表情(かお)だ。
「さくらちゃん?」
「私、あの……」
このはが、大好きだ。
さくらは自分が自分でなくなるのではないかと怖くなるほど、このはが大好きだ。
それでも、偽りの運命ならいらない。