青い桜は何を願う
第6章 心はいびつにすれ違う
「ごめんなさいましっ」
さくらはこのはの手を振り払っていた。
仄かな桜の匂いをまとう、なよらかな肩をすり抜けて、部屋を飛び出す。
さくらの視界が押し寄せる後悔に迫られて、じわりと滲んだ。
さくらは、玄関でストラップシューズに足をつっかけたところで、このはに引き留められた。
「まだ寒いから……」
このはが差し出してくれた紙袋の中に、甘く軽らかな、花柄のワンピースが入っていた
* * * * * * *
「それは……災難だったわねぇ」
いつもと変わらない家庭科室は、さしずめ葬儀場の湿っぽさが充満していた。
さくらは、完成間近の桜の浴衣と華やかな姫スタイルのワンピースが広げてあるテーブルを、まりあと、そして透と妃影と囲っていた。
部活に出るなり崩れ落ちる勢いで席に着いて、溜息に流されるようにして、作業台に突っ伏した。さくらは、妃影が登校してきたのにも気が付かないほどうちひしがれて、見事にその場にいた全員の注目を集めたのだった。
さくらは、まりあと透、妃影に、事の次第を打ち明けた。このはの名前は伏せていた。
「あのね、美咲さん」
妃影の思慮深い黒を湛えた双眸が、たゆたっていた。
遠慮がちに開きかけた唇が、一端閉じて、また動き出す。
「私は、美咲さんがいけないと思う」
「今井さん、……」
「桐島先輩だって、思いませんか?好きな方のお宅にお世話になって、泊めてもらって、……そのお洋服だって、お借りしたんでしょ?美咲さんはその方に、十分、愛されているじゃありませんか」
「──……」
妃影に呆れられるのも、無理はない。
さくらは今朝も変わらず優しかったこのはを拒まずにはいられなかった真相心理を、自分自身、理解しきっていないところもあったのだ。
漠然とした不安や虚しさ、それらは、今朝見た不思議な夢の所為か?
「さくさくはどうしたいの?先輩は、本当にさくさくに隠し事していると思う?さくさく考えすぎなところがあるから、……」
さくらは俯いたまま、首を横に振る。
「隠し事なさってる、というのではないわ。もっと難しいのだと思う」
「美咲さん」
「何となく、分かるんですの。先輩は、私にも、誰にも心をお許しにならない。特別な方にしか、先輩は真実をお見せにならないんだわ。私なんてちょっと気にかけて下さっていただけ」