青い桜は何を願う
第6章 心はいびつにすれ違う
「そうかな」
まりあの隣で、透が眉を下げていた。
「浮気現場でも見なければ、普通、そこまで考えないよ。例えばその、特別って、誰?」
「分かりませんわ。あの方が、私分からない……。今朝だって私、学校には一人で行きますと申し上げただけなのに、どうしてもダメだと譲歩して下さらなかったんです。並んではいけないなら後ろを歩くと仰って、私、上級生にそんな生意気な要求出来ません、と、お答えしました。……結局、ただ私が学校に来るためだけに、タクシーを呼んで下さいましたの」
「何ていうか、過保護なの?さくさくはそれが嫌だったり?」
「嫌じゃないの。嫌じゃない……。私は先輩の気持ちが分からないのよ。先輩を遠くに感じたかと思うと、吃驚するほど、愛していただいているのだと、自惚れることもある。私はこの繋がりが脆くても、それに縋って幸せだったりしたんだわ。それでも私は、しっかり繋ぎ留められていた……その時は信じられるし幸せよ。でも、それは、きっと永続的なものではないの」
「……──」
「同じ場所にいて触れ合っていても、私の手は、いつだって先輩に届かない」
掴みどころのない孤独な少女だ。
さくらは、このはを想うと、やはり遠くから見ていた頃の方が幸せだったのではないかと思う。
近づけば近づくほど、このはは儚くなっていく。
その姿が彷彿とさせるものと同様、まるで妖精だ。
「美咲さんって」
妃影のしなやかな脚が、ロングスカートの襞を分けて組み直された。
「心配性?」
「そういう、わけじゃ……」
「良いのよ。貴女はそうでなくっては。ただね、……」
妃影の親身な表情をしたかんばせが、悪戯っぽく綻んだ。
「好きだと言ったんなら、向こうだって覚悟はあるんでしょう。美咲さんがそれで納得いかないなら、しるしでも付けて、法に裁かれるのは代償だとでも割りきって、殺しでもしなくては、一生満足出来ないわよ」
「今井先輩?!」
「君、そんなに大胆だっけ?!」
「…………」
同じしるしなら持っている。そして、きっとこの手で殺しても、満たされない。
「っ……?!」
さくらは、にわかにぞっとした。
今、自分は、何を思った?
曖昧な線を描いたビジョンが、また、砂嵐の如く不確かに、記憶の彼方を掠めていった。
第5章 心はいびつにすれ違う─完─