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おさななじみ。

第1章 はじまり。

ぐるぐると頭のなかを蹂躙する思考に気をとられて気付かずにいた。
ハラハラと頬を雫が伝う。雨とは違い塩気を伴うそれに、先に気付いたのは孝基だった。
「由樹?悲しいことでもあった?今日のテスト出来なかった?」
子供のように体温が高い孝基の手。肉の薄いごつごつとした手を這わせられて初めて自分の涙に気付く。とんちんかんな孝基の心配に笑い声が出そうだったのに上手く笑えずに眉を下げてしまう。
「(なんだよ、それ。悲しいよ、悲しいからないてるんでしょ。孝ちゃんと一緒に居るのに悲しいなんて嫌だから泣いてるんだよ)」
上手い言い訳も考えつかない。でも涙も止められない。いっそ言ってスッキリしてしまおうか。今の解放を優先させて今後の苦しみには目を伏せて。
「やっぱり今日はデート優先する?」
吹っ切れて言ってしまおうと覚悟した矢先にその単語が耳に飛び込んできた。
デート。
「は?」
稀に聞く由樹の男らしい声。そんなことにも屈しもせずに孝基は続けた。
俺とデート出来なくて泣いてるのかと思った。至って真顔で出たそれは、決してふざけている訳ではなさそうで。そのことが余計に由樹を混乱させた。
冗談の線も考えた。しかし孝基は冗談などとそうそう口にしない。ましてや相手が泣いている時などはもってのほかだ。混乱してしまっている由樹に更に追い討ちが掛かる。
「…もしかして他に好きな人ができたの?俺に別れを切り出せなくて泣いているの?」
他に好きな人?別れ?次いで出た由樹の言葉に、今度は孝基が珍しく顔を歪めた。
「僕たちって付き合ってるわけ?」
「今さらなにいってるの?」
そのやり取りを近くで聴いていた学生たちと由樹の叫ぶ声が校内に響くことになったのだった。

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