秘密のおとぎ夜話
第17章 【人魚姫】嵐の中で
女の人の顔は、男の制服の背中に隠れて見えなかったが、ハイヒールを履いたまま大きく左右に放り出された脚が突然、ぴんと伸びてから引きつったように震えた。
それを見た後、貴族らしい男の人は、船員に何か耳打ちしてその場を離れ、人々の輪の中に入った。
するとたちまち彼は大勢に囲まれ、口々に何か話しかけられて、次々に豪華なドレスの女の人とダンスを踊った。
曲が終わり、彼のダンスの相手が変わるたび、物陰には別の船員が来て、交代してはまた彼女を突き動かす。
好奇心と憧れから船を眺めていた人魚姫は、思わぬ饗宴が繰り広げられる甲板から目が離せなくなっていた。
中でも姫の心をとらえていたのは、見る人を酔わせる完璧なほほえみをまとっていても、暗鬱とした彼の瞳の黒さと…
力なく揺さぶられながら、時折、陸に取り残された魚のようにビクビクと跳ねる彼女の脚の白さだった。
…………
その少し後に、船が嵐に飲みこまれた時。
人魚姫は荒れ狂う波を切り裂く速さで、船に向かって泳ぎだしていた。