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第3章 里親

再び役所へ戻る道で、黒い猫を見つけた。
ボサボサの毛並みで痩せ細っていて、道の端っこでペタンと潰れるように寝ている。

なんとなく昔の自分と重ねてしまって、その猫の所へ駆け寄った。
猫はビクッと体を強張らせたものの、逃げてはいかなかった。
「お前はずっとここにいるんだろ?」
小声で話しかけても答えない。 それはそうか。猫だし。
でもついつい続けてしまう。黙って聞いてくれるのが嬉しかったのかもしれない。
「僕も小さい頃は…施設に行くまでは同じだったんだよ。一人で座って寝てるだけで1日過ごしたんだ」
返事はやはり返ってこないが、道を行く人も話し声には気づいていないようだった。
「誰も気に留めてくれなくて寂しかったけど。お前は寂しくないのかな。小さい頃に森で…」
僕は何かの拍子に森に入ってしまい、何とか自分の村に戻ろうとしてあの町へ来た。
怪我をしていたせいで動けなくて、吹雪が酷かった日にある人に拾われた。
その人はどうも家で引き取れなかったようで、僕を孤児院に預けて帰ってしまったらしい。
…施設長にはそう聞かされていた。
本当は違う。僕は、
「母さんに捨てられちゃってさ」
水汲みの当番だった時、井戸の近くで偶然役人と会った。『大丈夫だったか』と訊かれて、思い当たる節が幾つかあった僕は
『何のことですか』と尋ねた。そうして本当のことを教えてもらったのだ。
黒猫が目を薄く開けた。金色の綺麗な眼。僕の深緑のそれとは違って綺麗だった。
ふと思い立ってそいつを抱いてみる。アレは付いてなかった。メスだ。
「…エリス」
諍いの女神。 争いの象徴。神々の結婚式に呼ばれなかった彼女は憤り、祝いの席に金の林檎を投げ入れた。
『この林檎を一番美しい方へ』と言葉を残して。
こいつの黒い毛と金色の瞳を見て、なんとなく そういう名前を付けてみた。

エリス、と名前を付けられた黒猫は、細い声で鳴いた。


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