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不透明な男

第9章 もうひとりの俺



A「お前らは正面玄関と裏門に回れ。」

「はい」

A「お前は俺達と一緒に護衛だ。ついて来い」

智「はい」


黒いスーツを着たガタイの良い男達に紛れて歩く。
一際小さな俺は、その中で明らかに目立っていた。


B「お前、この後用事は?」

智「…」


ムキムキの男達の集まり。
女好きばかりかと思ったら意外とそうでもなかった。
いわゆるソッチ系の奴も結構いるらしい。


A「ここが終わればもう暇だろ?」

智「…」

B「おい、聞いてるのか?」

智「私語厳禁ですよ…」


歩きながら俺は、前を見据えたまま小声で話す。


A「いつも堅いな…」

智「ふふ…」


名前なんていちいち覚えてられない。というか、まず覚えていない。
こいつはAで、あいつはB。
これで充分だ。




『そろそろ到着します』


耳に差し込んだイヤホンから声が聞こえた。
その声を合図に俺達は玄関にずらっと並ぶ。

しばらくすると黒い高級車が門をくぐり抜け玄関までやって来る。


「おはようございます、社長」


秘書が深々と頭を下げると同時に、髭をたくわえた男が車から降りてきた。


社「…おお、今日も来てるな。よろしく頼むぞ」


ずらっと並んだ黒いスーツの中から俺を見つけると肩を叩く。


智「どうぞよろしくお願い致します…」


その男と目が合うと、俺は深々と頭を下げた。


B「本当にお前はお気に入りだな…」


俺の横でこそっと耳打ちする。

こいつの言う通り、明らかに俺は『お気に入り』というやつだった。

社長室にはここのBG(ボディーガード)は普段入らない。
部屋の前で見張りをするのが通常だったが、俺は何度となく部屋に呼ばれる事もあった。



何をする訳でも無いが、俺を側に置いておきたい。そんな心が見え見えだった。



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