不透明な男
第9章 もうひとりの俺
秘「何処へ行っていたのですか?社長がお呼びです」
智「あ…、少々手洗いに…。申し訳ございません」
秘書が俺を従え社長室の扉をノックする。
秘「社長、成瀬を連れて参りました」
おお、入れと部屋の中から低い声が聞こえると、秘書は扉を開ける。
智「成瀬です。失礼します」
俺が部屋に入ると、秘書は一礼して出て行った。
社「ああ…、本当にお前は腕が良い」
社長は笑顔をこぼしながら俺に話し掛ける。
社「今朝、お前が捕まえた男…、やはりスパイだったようだ」
今朝、庭を警備していたBG(ボディーガード)を捕まえた。
ここには沢山のBGがいて、顔なんて一人一人覚えている筈も無いが、何か違和感を感じたんだ。
社「奴の隣に立っていた男ですらも気付かなかったのに、いや、素晴らしい」
智「たまたま、不審な動きをしていた所が目に着いたもので…。御言葉ありがとうございます」
社「お前と3年前に出会えた事を本当に誇りに思うよ。成瀬、領…」
俺はここでは『成瀬領』という名で呼ばれていた。
何故そうなったかと言うと、3年前、ばったり出くわしてしまったこの男に名前を問われ、焦った俺が捻り出したのが、この名前だった。
それ以来、この男の前で俺は『成瀬領』として生きている。
この黒髪の男が『俺』だという事も、この男は気付いていないんだ。