不透明な男
第9章 もうひとりの俺
智『ただいま…』
東『おかえり。…ん、どうした?』
智『や、なんか…、見ては行けないものを見てしまった様な…そんな感じ?』
東『なんだそれ』
智『とりあえずコレ、脱ぐよ。先生ありがと』
スーツを脱ぎ始める俺を東山先生が眺める。
智『ちょ、そんな見ないでよ』
東『いやいや、馬子にも衣装だなと』
智『孫?なにそれ?』
東『違う(笑) いや、そうやって髪を黒く染めてスーツ着ただけなのに…なんだろな、雰囲気って言うか、全く違う奴に見えるな』
智『そう?』
東『口を開くと台無しだがな』
なにそれバカにしてんの?とプリプリしながら脱いだスーツを東山先生に返した。
智『昔のだって言ってもやっぱ大きいね。ブカブカだったよ(笑)』
東『少しな。でも意外と似合うもんだな』
智『シャワーも借りていい?頭、洗いたい』
東『どうぞお好きに』
頭を洗い、黒い水を流す。
その、黒く染まった水を見ながら俺は考えていたんだ。
当時の俺は、記憶を無くした18歳の時から既に5年が経っていた。
5年もあれば、殆どの記憶は取り戻していたんだ。
あの男との間に何があったのか、どんな恐怖を味わったのか、そんな事、既に思い出していた。
ただ、顔だ。顔だけが思い出せなかったんだ。
それなのに、今日、いともあっさりと思い出した。
本人を目の前にした俺は、ああ、こいつだったんだと、すぐに思い出せたんだ。