不透明な男
第9章 もうひとりの俺
俺は殆ど思い出していた筈なんだ。
だけど、何かが引っ掛かる。
記憶違いをしているのか?
それとも、まだ何か大事な事を思い出せていないのか?
この5年で思い出した事を、悔やんでも仕方がない、起きてしまった事実はどうにもならないんだと、俺は受け止めようとしていた。
過去を受け入れ、前向きに生きる。
もうそれしか方法は無いんだと、消えた親を捜しながら生きていこうと思っていた。
そんな矢先。
あの男に再会してしまったんだ。
東『おい、大野ー?大丈夫かー?』
智『あ、ああ、もう出るよ』
長くシャワーを浴びていた俺を心配して東山先生が声をかけてきた。
東『…おい、どうした?顔色悪いぞ』
智『え…そう?ちょっと疲れたのかな』
東『…何かあったか?』
智『いや、何も無いよ…』
東『はぁ…、なあ、大野。何かあったんなら言ってくれ。心配なんだよ』
智『や、ほんと何も』
東『何か、思い出したんじゃないのか…?』
智『いや、そう言う訳じゃない』
そうだ、そう言う訳じゃない。
思い出した?何を?
既に思い出してる筈じゃないか。
これ以上何を思い出すと言うんだ。
なのに、何故か俺の頭は痛くなるんだ。
智『先生、スーツありがとね?助かったよ』
東『いや…』
智『そんな顔しないでよ(笑) ほんと、心配性だな』
東『本当に大丈夫なのか?』
智『大丈夫だよ。んじゃ、帰るね』
心配そうな顔を向ける東山先生に笑顔で手を振った。
その数日後、俺の頭はまた、空っぽになったんだった。