不透明な男
第9章 もうひとりの俺
その数日後、俺は意を決して男の会社の近くまで来ていた。
もう一度、あの男の顔を見れば、このもやもやが晴れるかもしれない。
何が引っ掛かっているのか分かるかもしれないと、記憶を辿り会社の場所を突き止めた。
出会わない様に、遠くから見るだけでいいんだと、少しばかり変装してやって来た俺は緊張していた。
あ、あれは…
俺は視界に捉えた男に気付かれないよう、少し近づく。
『どうかしたのか?今日は上の空だな』
社『あ、これは失敬。いや、最近幻の様なものを見ましてな…』
『幻?』
社『ああ、もうこの世にいる筈も無いんだが…』
『幻覚か?』
社『いや、それが生身の人物だったものでな。驚いてしまって…』
『そんなに似ているのか』
社『それが、まるで生き写しの様で…』
……!
俺は一目散に駆け出した。
どう言う事だ?
あれは俺の事なのか?
この世に居ないって…、どう言う事なんだ。
俺は、あの男に会ってはいけないと漠然と思っていた。
ただ、それは俺が味わった恐怖がそう思わせているんだと思っていた。
だが、違ったのか?
俺はもう生きていない?死んだ事になっているのか?
だから、あの男の前に顔を出してはいけないと、本能でそう思っていたのだろうか。
走る俺に頭痛が襲いかかる。
瞼の裏がチカチカと光る。
その激しい眩しさと共に映像が写し出される。
あ、あれ…?
なんだよ…、おれはバカだな……
全然思い出せて無いじゃん…
記憶というものは不確かだ。
思い出したくない記憶、辛い記憶なんて、バカな脳はいとも簡単に書き換えやがる。
そりゃそうだよ、あんな事だけで記憶を失う程の衝撃を受ける筈が無いだろう?
なんで気付かなかったんだ。
ああ、後は、あれだな。
あの事だけが確かじゃ無い。
それを、あの男に聞かなくちゃ…
記憶を無くした俺が、前を向いて生きようと思えた唯一の頼り。
それは、俺の両親。
急に消えた俺の親。それをこの男が知っていると、街を駆け抜け息を切らせた俺は、何故かそう思ったんだ。
俺は、割れそうな頭を抱え、震える手で東山先生の家のドアを叩いた。
そのドアが開くと、俺の顔を見た東山先生が凄く心配そうな顔をしたんだ。