テキストサイズ

不透明な男

第9章 もうひとりの俺


社『フリーターをしていると言っていたな。どうだ、きちんと働いてみる気は無いかね?』

智『…え?』


急にこんな事を言ってきた。
いや、なんとなく分かっていた。
この男は俺を側に置いておきたいんだ、少ししか会えない事をもどかしく感じてきている、そんな気がしていた。


社『うちで働いてみないか』

智『え…っと、社長がどんなお仕事をされているのか全く分からないのですが…』

社『貿易関係だよ。最近事務が忙しくてな、事務補助でいいんだが…、どうかね?』



事務か…

そうなればなかなか社長には近付けないな…

てか、そもそもバカだからそんなの出来ねえや



智『事務、ですか…。僕もきちんと働きたかったのでとても有り難いのですが……、あの、実は僕、全く学が無いものでして(笑)』

社『補助でいいんだぞ?』

智『いえいえもうそれが…(笑)』

社『ううむ、残念だな…』


俺はチラッと窓の外に目をやる。


智『いつも気になってたのですが、あの、社長の車の前に立ってらっしゃる方は…?』

社『あれはBGだ。最近何やら周りが騒がしくてな』

智『社長ともなると、色々と大変なんですね…』

社『ははっ、よく恨まれるもんでな。まあそろそろ人数を増やすつもりはしているんだが』

智『ボディーガードを、ですか?』


ああそうだよと頷く社長の顔を、俺はキラキラした瞳で見つめる。


智『僕は、事務よりもそっちの方がいいかな…』

社『え?』


社長は目を丸くして、既に見ている筈の俺の姿を再確認する。


社『いや、何を言っている。生半可なものじゃ無いんだぞ?君には無理だ』


俺の顔を見て鼻で笑う社長に顔を近付けると、社長の耳元で俺はコソッと呟いた。


智『…細い黒縁眼鏡の男は誰なんです?肌が黒くて腕には茶玉のブレスレットをしています』

社『……!』




社長が目を見開くと同時に俺は駆け出した。




ストーリーメニュー

TOPTOPへ