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不透明な男

第10章 視線


あいつはもう部屋を出ていった。
電話で呼び戻されたみたいだから、もう戻って来ないだろう。

窓に目をやると、見覚えのある車が走り去って行くのが見えた。



まさか、アイツだったのか…?



今日はおばちゃんの井戸端会議のせいでここに来たが、前の俺がここを訪れるようになった理由は違う。

確かにおばちゃんに足止めをくらう事も無くはなかったが、それよりもある事が気になっていたんだ。



俺に刺さる視線。



それは、何処に居ても俺を見ていた。

最初に気付いたのは俺が21歳位の頃だろうか。
それはとても頻繁に俺に刺さった。

少し気持ち悪くて、いつも神経を尖らせてた。

だけど、何処かで誰かが俺を監視している様で気持ち悪さを感じたのに、その視線は暖かかった。



そうだ。俺はあの視線から逃げたんだ。



だから頻繁に引っ越していたんだ。

出先で出会うその視線は、いつしか俺の家まで着いてくる様になった。

変に温もりを感じるその視線は、時に度を越し、部屋に居てもドアの外から感じる事もあった。

その度、俺は逃げるように引っ越したんだ。



俺が三度めの記憶を失う前、もう少し、あと少しでと思っていた矢先、再びあの視線に捕まった。

もう少しでケリが付くと思っていた俺は、引っ越している暇なんて無かったんだ。

社長が逃げない様に、俺が再び忘れてしまわないうちにと、焦っていたんだ。


それで俺は、この家に逃げ込んだ。


俺の記憶が正しければ、きっとそうだ。


只、あの時感じた視線の先に居た人物の顔は覚えていない。

そもそも見ていないのかもしれない。

だって、その視線は暖かいにも関わらずたまに雰囲気を変える。

ゾクッとしたんだ。



気付かれない様にと、静かに俺に近付くその視線。

殺しきれずに漂わせたその気配。



俺は、知っているかもしれない。

あの気配を放つ人物を。






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