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不透明な男

第10章 視線



家の前まで行くと、何やらヘンな気配を感じた。

パッと後ろを振り向くと、その気配はサッと消える。


でもこの気配は知ってる。
隠れても、誰だか分かるんだ。





智「翔くん、何してんの…?」

翔「あっ、あ、い、いえ…」


こそっと物陰から出てきた翔は、バツの悪そうな顔をして俺の前に佇んだ。


智「なんでここにいんの」

翔「え、えっと…」

智「…ここが、おれの家だって知ってて来たの?」

翔「あ、あの、この間の医師、結果が出たので報告にと…。退院手続きの時に住所も書いて貰ってましたので」

智「あれ、松兄ぃの住所なんだけど」

翔「え…」


なんでそんな分かりやすい嘘付くんだ。
そんな言い訳しなくても、翔が動揺してる事くらいすぐに分かる。
視点が定まってないんだよ。


智「…で?」

翔「え?」

智「報告に来たんでしょ?どうなったの?」


あの医師は、その他諸々の悪事もついでにバレて、懲戒免職になったと、翔は俺に教えた。


智「そっか、医者出来なくなったんだ…。ふふっ」

翔「気になってたんですけど、あの医師と知り合いなんですか?…なんだか嬉しそうですけど」

智「え?…いや、知らないよ」


つい嬉しくて笑みがこぼれた。
あの医者と顔見知りだったと説明するには、少し難しかった。
俺の過去を遡って話さなければならない。
必然的に、俺が記憶を失っていた事も話す必要が出てくる。

それを面倒に思った俺は『知らない』この一言で話を済ませた。


智「…で、ほんとは、なに?」

翔「え…」

智「そんな事、言いに来たんじゃ無いんでしょ?」


翔は、少し後ずさって話しにくそうにモゴモゴした。


智「もう今日は仕事無いの?」

翔「はい…」

智「…メシでも行こっか」


本当なら家に帰って熱いシャワーを浴びたかった。

体が冷えた上に、冷たくて適当にしか洗ってなかったから、黒い色がきちんと流せたか気になっていた。

でも、あんな翔の顔を見てしまったらこのまま帰せなかった。

何か思い詰めた様な、心配そうな、そんな顔で俺をチラッと見たんだ。




それに俺も、この、おぼろげな記憶を確かめたかった。




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