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不透明な男

第11章 背徳


智「成瀬です。失礼します」


社長がお呼びですと、いつもの様に秘書に言われた。


社「ああ、成瀬か」

智「…どうかされましたか?」


いつもの偉そうにふんぞり返った様子は無かった。


社「いや、ね。昔を思い出してたんだよ」


そう言うと、社長は高級そうな机から写真を取り出した。


社「…前に、どうしてそんなに良くしてくれるのか、と聞いたね?」

智「はい。見ず知らずの僕に、仕事まで与えて下さって…。それが、不思議で」

社「…見るかね?」


静かに差し出された写真を、俺は手に取った。



これは…



思わず息が止まりそうになった。

そこには、まだ少年の顔をした俺が写っていた。


社「驚いたかね?」

智「あ、はい…」


社長は俺の側に寄り添う様に立つと、懐かしむ様に目を細めた。
その表情に、俺は嫌悪感が沸き上がる。


社「この子はね、特別だったんだよ」

智「だった…?」

社「あ、ああ…、いや。うん、そうだな。過去形になるのか…」

智「今は、この子は…?」


俺は震えそうだった。
声が上擦ってしまわないかと、ドキドキした。


社「今は…」


やっぱり俺は死んだと思われているのだろうか。


社「どれだけ逢いたいと願っても、もう、逢えないらしいな…」

智「どうして…?」


社長は寂しそうな表情で少し笑った。

そして、社長の隣に写る少年を指でなぞり、黒い瞳を光らせる。


社「だが、神様は居るらしいな」

智「え?」

社「成瀬、お前に逢わせてくれた」

智「え…、僕、ですか?」


ニヤリと笑みを作ると、俺の肩に手を置いた。


社「そうだ。最初はこの子の変わりにと思ったが」


肩に置いた手を俺の背中へと滑らせる。


社「お前はこの子と違う。成瀬、お前は素晴らしい…」


冷や汗をかきそうだった。
額に汗が滲むんじゃ無いかと、背中を這う手に心臓の音が伝わるんじゃないかと、俺は焦った。

なんとか誤魔化そうと、社長に質問をしたんだ。


智「社長と、その少年と…、この、もう一人は誰ですか?」


社長の手の動きが止まる。


智「今は何をされてるんです…?」


俺がじっと見つめた社長の瞳は、少し大きくなり、その奥でグラグラと揺れていた。



そりゃ動揺もするだろうよ…

しなきゃ、それこそ人間じゃねえや




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