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不透明な男

第12章 惑乱



しかし女って不思議なものだな。


顔を寄せてキスを欲しがる女を俺はかわした。
すると、その腹いせに俺の首に吸い付いたんだ。


好きでも無い男とキスをしたかったのだろうか。

それとも俺の様に、自分を殺してしまいたかったのだろうか。


もし後者なら可哀想な事をしたかもしれない。

思う存分キスをして、殺してやればよかった。



東「大野?どうかしたか…?」

智「あ、いや、なんでも」


背を曲げて俺の目線に合わせると、東山先生は真っ直ぐ俺を見る。


東「それ、彼女なのか?」

智「そういう訳じゃないけど…」


目線を合わせたまま、顎で俺の首を指す。
俺は見透かされているようで、つい目線を外す。


東「どうやらコッチも必要らしいな…」

智「それ…」


記憶を失くす前の、俺の二の舞は踏まないようにしようと思っていた。
だけど既に踏んでいたようだ。


東「精神安定剤だ」

智「知ってるよ…」


俺の手を開かせると、その掌にそっと薬を置いた。


東「これこそ、きちんと守るんだ。間違えた飲み方はするな」

智「わかってる…」


東山先生はふふっと笑うと、俺の頭を優しく包む。


東「そんな顔をするな…。お前が壊れたと思った訳じゃ無い。お前が辛くならない様に、予防するだけだ」

智「うん」

東「飲み方をちゃんと守れば、その薬はお前を救ってくれる」

智「うん」


わかるな?と俺に優しく言い聞かせると、東山先生は俺をぎゅっと抱き締めた。


東「辛くなったらいつでも来い。これが、一番効くんだから…」

智「うん…」


もう俺は頷く事しか出来なかった。

感情を殺そうと必死だったのに、暖かい腕の中では涙が出てきた。


東「泣く事は悪く無いんだ。感情の涙は、お前の辛さを外に出してくれる。気が済むまで泣けばいい」

智「うん…」


確かに泣いた後は、心なしかスッキリした様な感じがしていた。
松兄ぃに抱かれた時だって、俺は泣きじゃくった。

その後、スッキリと目覚めたんだ。


智「医学的な根拠でもあるの…?」

東「ん?感情の涙ってのは、生理的な涙とは違ってな。ストレス物質というものを」

智「やっぱ難しそうだからいいや…」



聞いといてそれは無いだろうと東山先生は笑う。

その、クスクスと揺れる肩に揺さぶられながら、俺は泣いた。





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