
不透明な男
第12章 惑乱
結構泣いちゃったからな、目、腫れてないかな。
そんな事を思いながら、俺は翔の病院を彷徨いていた。
担当の医師に話があったんだ。
せっかく来たのにどうしようかな
担当の医師はどうやら忙しいらしい。
手が空くまで待つにしても、結構時間が掛かりそうだった。
智「翔くん」
俺は翔を見つけた。
俺に呼ばれた翔は、心なしか少しビクッと驚いた様な感じがした。
翔「え、大野さん…?」
俺はニコッと笑って翔に駆け寄った。
智「急にごめんね翔くん。今、忙しい?」
翔「あ、いえ、少しだけなら大丈夫ですけど…」
翔は目を丸くして、駆け寄った俺を見る。
『お願い、ゆるして』と言いながら男に抱かれていた俺が、ニコニコと笑いながら近付いて来たんだ。
そりゃそんな顔にもなるだろう。
智「担当の先生に伝えといて欲しいんだけどね?」
やっと表情が戻った翔は、またもや目を丸くした。
翔「え、もう、来ないって…、どういう事ですか…?」
智「うん。だから、もう必要ないかなって」
翔「それは…、思い出したと、いう事ですか?」
智「んー…、全部じゃ無いけど、まあ、困らない程度には」
翔の手が小刻みに震えている。
心なしか顔も、少し青いかもしれない。
智「先生に直接言おうと思ったんだけどさ、診察が混んでるみたいで」
翔「あ、はい…」
翔は俺を見ていない。
目が合っている様に思えるが、焦点は定まっていなかった。
智「翔くん?おーい?」
ねえ聞いてるの?と俺は翔の目の前で手をヒラヒラさせた。
智「もう俺は来ないんだから、ちゃんと先生に言っといてよ?」
翔「や、でもそれは、やっぱり直接言った方が」
智「ええ~、だって、時間掛かるじゃん」
翔「ですが、最終確認を先生にしてもらわないと…」
そういうもんなの?と俺はキョトンとして見せた。
翔「僕はまだ研修医ですから、僕からは言えませんよ…」
智「ふうん…」
俺は上目使いで翔をチラッと見た。
智「じゃあ、先生の手が空くまで待ってるよ。また来るのも面倒だし」
何故だか神妙そうな顔をする翔にニコッと笑いかける。
智「そこのカフェにいるから、…ね?」
俺は翔の黒い瞳を覗いた。
どうやら今の翔は、戦意を失っている様に見えた。
