
不透明な男
第12章 惑乱
せっかく聞いてやろうと思ったのに、翔は他の医者に呼ばれて行ってしまった。
頭を下げながら俺を振り返る翔は、なんだか名残惜しそうに見えた。
仕方無いから、担当医に話を付けた後、翔を探してやった。
だけど、翔も忙しそうだったし。
俺は後ろから一言だけ、声を掛けた。
智「翔くん、色々ありがとね」
その声に反応した翔は、慌てて俺を振り返った。
俺は翔と目を合わせると、満面の笑みを翔に向けてやった。
最後に一言、『じゃあね』と声には出さずに口を動かした。
それを見た翔は、待って、とでも言っている様に、俺に手を伸ばした。
だけど俺は、その翔に歩み寄らずに病院を出てきたんだ。
翔が何を考えているのか、何を思って俺を見ているのか考えたんだ。
だけど、答えは出なかった。
俺はまだ何か思い出せていないのだろうか。
何か昔に、翔に恨まれる様な事でもしたのだろうか。
だから俺を恨んで、後をつけているのかもしれない。
それとも他に何か理由でもあるのか。
入院して初めて出会った翔は優しかった。
ニコニコと笑い、俺を見て頬を赤く染めた。
俺がそんな翔をからかうと、おどおどと狼狽えた。
そんな翔と話す事が、俺は嫌では無かった。
むしろ少し、楽しかった。
そんな翔が俺を騙していた。
ずっと前から俺を知っていた筈なのに、そんな素振りはこれっぽっちも見せなかった。
翔と話している時は、暖かくて優しい空気に包まれていた。
なのに俺の背後から刺さる視線は、たまにゾクッと震える程、冷たく感じる事があるんだ。
俺を暖めたいのか、冷やしたいのか分からなかった。
赤く染まる翔の顔も、俺を心配そうに見つめる翔の瞳も、全部嘘だったんじゃないかと思えるんだ。
俺を騙して笑っていたのだろうか。
少しずつ心を許していく俺を見て、嘲笑っていたんじゃないのだろうか。
