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不透明な男

第12章 惑乱


足を肩幅に開き、手を腰の後ろで組む。
いつもの様にこの立ち姿で微動だにしない。

そんな所へ社長が手招きをする。

持ち場を離れるんだ、俺は二人に軽く頭を下げると社長の元へ行く。




智「社長」

社「成瀬、すまなかったな。怒っているか?」


俺の背に手を添え、様子を伺う様に顔を覗き込まれる。


智「怒ってなんていませんよ。…社長のお役に立てたのでしょう?」

社「ああ」

智「それなら僕は、何も言う事はありません」


俺の首に引っ掻き傷を見付けると、社長は怪しく笑った。

その笑みの中には、気持ちの悪いねっとりとした瞳と、ほんの僅かに怒りを込めた様な、そんな表情が伺えた。


社「夫人がまた会いたいと言ってきた。随分とお前を気に入ったらしいな」

智「そうですか…」

社「一体何をしたんだ?夫人があんなに惚れ込むのは珍しい」


見てたくせによく言うよ。
俺が気付かないとでも思ったか。


智「特別な事は何も…。僕は、夫人の要望に応じただけです」

社「それでこんな傷を?余程激しかったのだろうな…」


俺の首を掴み傷を親指で撫でる。
客室でも無ければ人通りが無い訳でもない通路で、俺の事を自分の所有物だとでも言うような振舞いをする。

耐えるんだ、我慢しろ。

鳥肌なんて立てちゃいけない。

俺はコイツに服従するんだ。


社「夫人にせがまれてな。また会う気はあるか?」

智「それは社長にとって、メリットになる話なんですか?」

社「いや、何も」

智「でしたら僕には会う理由がありません」


考える時間も持たずキッパリと答えた事に社長は少し驚いた。


智「社長が断り辛いのでしたら考えますが、そうでなければ僕は…」

社「夫人とはいえまだ若くて綺麗な女だ。お前もいい歳の青年だし、色々と吐き出す所も必要なんじゃないかと思ってな」

智「え」


そんな事を考えてたんですかと、俺は困った顔を見せた。


社「ははっ、野暮だったな。お前にはそんなもの宛がうまでも無いな…」


豪快に笑う社長は少し残念そうな顔を覗かせる。

夫人を優しく抱いた俺に、僅かに嫉妬を滲ませた。
なのに俺の情事が見られなくなると分かると途端に残念がる。


智「僕は、社長のお役に立てる事だけをするんです」




何処までも従順なその台詞に、社長は悦びの唸りを残した。






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