テキストサイズ

不透明な男

第12章 惑乱




黒い渦の様な海に青年は沈んでいった。

ゴボゴボと沈んだ事を見届けると、社長は男達に片付けておけ、と指示を出した。

多分、証拠を残すなという指示だったんだろう。
男達は、自分達が捨てた吸い殻や空き缶をテキパキと拾い集めていた。


社『さあ、行こうか』

智『や…』


俺の背に手を回し、涙で濡れた頬を社長の親指が撫でる。
目を細めて愛しそうに見つめてくる社長の顔は、もはや恐怖でしかなかった。


智『は、離してっ』


手を振りほどき、社長から離れる。


社『どうした…、何も、怖い事なんて無い』

智『こ、来ないで…』


眉を寄せ、俺を優しく呼ぶ。
ほら、こっちにおいで、後ろは海だよと。

ジリジリと歩み寄って来る社長に対し、俺は少しずつ後退りする。


社『あっ…』


あと一歩で捕まる。その時、俺は勢いよく海に飛び込んだ。

あのお兄さんを探さなきゃ、助けなきゃと、海の底に潜ろうと必死で腕を掻いた。


だけど浅はかだった。

海は真っ暗で、天も地も分からなかったんだ。


息が苦しくなる。
辺りは真っ暗で、飛び込んだ時から何も進んでいない様に思えた。
だけど呼吸は苦しくなって、本能が “もう無理だ、浮き上がれ” と俺に指示を出してくる。


智『う…』


暗い渦の中で、俺の意識は途切れそうになる。
その時、コツンと足に何かがぶつかった。



これは…

お兄さんに縛り付けられていたパイプか…?



色んな鉄屑をかき集めた中には鉄の棒もあった。
だけど、その中でもアルミで出来たパイプがあったんだろう。
そのアルミパイプだけが、ゆらゆらと渦の中を漂っていた。

俺は、その浮かんできた奥に進もうと方向転換を試みた。
でも、息も絶え絶えで上手く回れなかったのもあるが、そのアルミパイプが何故か俺の邪魔をしている様に思えた。

潜ろうとする俺の腰にそのパイプは当たり、次にはお腹、胸、頬と、パイプは俺の身体から離れる事なくぶつかってきた。


智『ごぼ…っ』


遂には肺から空気が無くなったんじゃないかと思う程に苦しくなった。

俺は朦朧とする意識の中、そのパイプに導かれるように後を追った。




底に沈む青年を置いて、俺はひとりで海面に浮かび上がったんだ。






ストーリーメニュー

TOPTOPへ