
不透明な男
第12章 惑乱
智「最初BGになったのはさ、まだ原因を思い出せてなかったからなんだ」
B「うん?」
智「だからさ、おれがされそうになった事とか、あのお兄さんが海に落ちた事とかは思い出してたんだけど、なんでそうなったのか分からなかったんだ」
A「事の、はじまりか」
智「そう。それを思い出せなくて…」
だけど社長の顔を見ると、恐怖しか感じなかった。
でもそこには憎悪のような感情もあって。
青年の事は細かく思い出せなかったけど、俺が信頼をしていた人だという事は感じていた。
その青年があんな事になってしまった。
俺の親もきっと、あの社長が関係している。
その記憶だけを持って、俺は社長を恨んだ。
智「社長の側にいれば、何か分かるかもしれない。…というか、思い出せたら」
A「ん…」
智「殺そうかなって、そう、思ってた」
B「そうか…」
分からない事を思い出したかった。
だけど、思い出した所でいい話しな訳は無かったんだ。
何も分からなくてもそれは感じてたんだ。
たまに見る夢。
俺を優しく撫でる手。
柔らかい声で俺を呼ぶ声。
でも、ある日急に俺に牙を向いた。
その牙は俺の心臓に冷たく突き刺さり、抜ける事は無かったんだ。
今もまだ、俺の心臓に深く刺さっているんだから。
智「思い出した所で、憎しみが消えるとは思えなかったんだよ」
A「ああ、そうだろうな…」
智「…一回さ、おれ、急に消えたじゃん?」
B「あ、急に連絡も無しに来なくなって…。どれだけ心配したと思ってるんだよ」
智「ふふ、ごめん…」
A「…まさか、その時も」
智「そう、忘れちゃって。…最悪だよ。また、振り出しに戻っちゃった…」
二人は眉を下げて、情けない顔を俺に見せる。
智「ふふ、そんな顔しないでよ。可哀想な訳じゃない。おれは、逃げただけなんだから」
B「成瀬…」
とんでもなく痛々しそうな顔で俺を見てくる。
智「思い出しそうになったんだ。というか思い出したのかな。だから、忘れたかったんだねきっと」
もう責めるなと俺の手を握る。
智「原因を作ったのはおれなんだって、おれが全部やった事なんだって思い出したから…。だからその記憶を無かった事にしたんだ」
自分が情けなくてどうでもよくなってくる。
俯いたまま、おれは少し笑っていた。
